コラム

メイカーのメッカ、深セン

2017年03月22日(水)18時23分

それにしても、メイカーとは、その定義から言って、収益を上げるようになるまでにまだ相当の時間が必要な人たちだが、将来事業になるかどうかもあやふやなメイカーたちに深セン市政府はずいぶんと大盤振る舞いをしている。

メイカー支援をなりわいとしている深センの会社シード(Seeed)のオフィスの壁に、メイカーが実際に製造業を事業として確立するまでの過程を数字で示す面白い表示があったのでここで紹介しよう。

まず0。単にアイディアがあるだけで何もものを作っていない段階である。

次に0.1。これがメイカーの段階で、まだ他人に提供できるようなものはできないので、商品としては0.1個だが、製品の原型になるようなものを実際に作っている段階。

次が1で、ベテラン・メイカーの段階と呼ばれる。ようやく他人に製品の機能を紹介できるような商品が1個できた段階。ただ、商業生産するには、工場で量産できるように、またユーザーに受け入れられるような生産コストに抑えるために、設計を改良していく必要がある。

次が1000。工場で1000個作る程度の量産はできる設計になったが、製品を市場で受け入れてもらえるよう販路の開拓や宣伝などの努力をする必要がある。

次が1万以上。累計で1万個以上も売れれば製造業者として事業を確立したと言える。

「第2のファーウェイ」は出るか

メイカースペースとは、0.1ないしそれ以下の段階にある人たちを1ないしそれ以上に育てることを目的とする施設である。しかし、メイカーが製造業者として利益を得るようになるのは1000個以上量産するようになってからだろうから、メイカーをベテラン・メイカーに育てただけでは深セン市の経済や雇用創出に対する貢献は期待できない。それなのになぜ深セン市は毎年数十億円をメイカー育成に注ぎ込んでいるのだろうか。

もちろんその最大の理由は、メイカーたちのなかから、10のうち1つでも深センの将来を切り拓いてくれるような創造的企業が現れることを期待しているからである。実際、深センから通信機器のファーウェイ(華為)とZTE(中興通訊)、ドローンのDJI(大疆創新科技)、DNAシーケンシングのBGI(華大基因)など数々の創造的な企業が飛び出して来たことを思えば、後に続く企業がいっぱい出てくると期待するのは理解できる。

もう一つ、深セン市政府にとってメイカー振興策は、間接的に華強北電気街やその背後にある電子産業の支援につながる、という意味があるように思う。

華強北電気街とは、各種電子部品や工具、携帯電話・スマホを売る商店が数千も集まった深セン市西部の巨大ないちばである。その規模は私の知っている秋葉原電気街の全盛期(1970年代後半)の優に10倍以上である。電子愛好家にとっては一日歩いても飽きないところで、ここで部品を買い集めて何かを発明したい気持ちになる場所だ。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材

ビジネス

NY外為市場=円上昇、一時153円台 前日には介入

ワールド

ロシア抜きのウクライナ和平協議、「意味ない」=ロ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story