コラム

GDP粉飾疑惑を追う

2018年02月16日(金)14時47分

天津市濱海新区にある未来の「国際金融センター」 Jason Lee-REUTERS

<最近、中国の地方政府がGDPの粉飾をカミングアウトしはじめた。かつては経済運営の成功をアピールしたがった地方政府が、苦しい財政事情からみせかけの成長率を下げてでも補助金を獲得する必要が出てきたからだ。結局、統計が政治的目的を達成する手段になっていることは変わらない>

今年1月26日の日本経済新聞は、中国の地方政府が経済統計の水増しを相次いで修正していると伝えた。とりわけ天津市の経済規模が水増しの是正によって2割も減った、という。

これを読んで、さもありなんと思った。中国の地方政府が発表するGDP(域内総生産。正しくはGRPだが、中国の慣例に従って"GDP"と呼ぶことにする)の統計は多かれ少なかれ粉飾されている疑いがあるが、なかでも天津市のそれはかなり怪しい。

なにしろ天津市の統計に従えば、天津市の一人あたりGDPは2011年に北京市、上海市を抜いて全国トップとなり、それ以来、2015年までトップの座を維持したことになっているが、そんなことはとても信じられない(図1)。

marukawachart-2.jpg

私は北京と上海は毎年のように行くし、天津も4年に1回ぐらいは行っているが、私の実感では北京、上海は天津より数段豊かである。中国でも、最も豊かな地域は「北上広深」、つまり北京、上海、広州、深圳だ、というのが通説で、ここに天津を加えなければならないと言い張る人は寡聞にして知らない。

天津市がついに悔い改めて水増しをやめてくれるのであれば中国の統計全体がよい方向に向かっているしるしであり、研究者としては嬉しいことである。

ところが、1月19日に天津市統計局が発表した2017年の経済状況に関する報告をみると、天津市のGDPは前年に比べて4%ほど増えている。

ありがちなダブルカウント

「天津市の経済規模が2割も減った」というのはどうやら日経の早トチリだったようである。天津市統計局によれば、訂正されたのは天津市のGDPではなく、天津市のもとにある濱海新区のGDPのみだった(第一財経、2018年1月19日)。

天津市の東半分の沿海部は「濱海新区」と呼ばれる工業開発区である。濱海新区はトヨタの自動車工場をはじめ、多くの工場が建っており、天津市のGDPの半分以上を占めている。ここには保税区やハイテク産業開発区などがあり、天津市内の企業はそこに企業登記すれば、主たる事業所が天津市の他の区にあっても減税などの優遇措置を受けることができる。

濱海新区でGDPを計算する時にはそこに登記された企業の生産活動を集計する一方、天津市の他の区でGDPを計算するときは区内にある事業所の生産活動を集計していた。こうして本来一つの企業による生産活動が濱海新区と他の区の両方のGDPに入り、ダブルカウントになっていた。

そこでこうした企業の場合は、濱海新区の方では計算に入れないことにして2016年の濱海新区のGDPを再計算したところ、1兆2億元から6654億元に減った。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金融政策、十分に制約的でない可能性=ダラス連銀総

ビジネス

6月利下げへの過度な期待は「賢明でない」=英中銀ピ

ビジネス

グローバル株に資金流入、1カ月半ぶり大きさ=週間デ

ワールド

ロシア軍、ウクライナ北東部ハリコフ地域を攻撃 戦線
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 9

    「一番マシ」な政党だったはずが...一党長期政権支配…

  • 10

    「妻の行動で国民に心配かけたことを謝罪」 韓国ユン…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story