コラム

アメリカの鉄鋼・アルミ輸入制限に日本はどう対処すべきか

2018年04月05日(木)13時20分

鉄鋼とアルミニウムの輸入に追加関税を導入する大統領令に署名したトランプ(3月8日)。 Leah Millis-REUTERS

<アメリカが輸入する鉄鋼とアルミに高い関税をかけると決めたトランプ米大統領。対象には同盟国の日本も入っている。日本は報復すべきだ>

2018年3月1日、アメリカのトランプ大統領は通商拡大法232条に基づき、鉄鋼に対して25%、アルミに対して10%の輸入関税を課すと発表した。根拠となる法律は1962年に制定されたもので、輸入が国家の安全保障に悪影響を及ぼすと判断される場合に輸入の数量を制限したり、関税を課することを認めている。

要するに貿易相手国に対して「おたくから鉄やアルミを輸入していると我が国は危険にさらされますので制限させてもらいます」と一方的に通告するわけで、非友好的なことこの上ない。

だから、さすがのアメリカもこれまでめったなことではこの232条を用いてこなかった。前回この232条に基づく調査が行われたのは2001年で、その時は二人の下院議員が鉄鉱石と鉄鋼半製品に対する輸入制限を求めたが、商務省は輸入を制限する必要はないと結論した。

232条に基づく輸入制限が実際に施行されたのは、1986年にレーガン政権のもとで工作機械の輸入に対して行われたのが最後である(Chad P. Bown, Washington Post, March 1, 2018)。この時は日本、台湾、西ドイツ、スイスなどからの工作機械輸入が多すぎて、兵器生産に不可欠な工作機械産業が衰退しつつあることが問題視された。

トランプ政権が鉄鋼業の不振に苦しむラストベルト(さびついた工業地帯)の人々の歓心を買うために鉄鋼・アルミの輸入制限を行ったことは明らかだが、ふつうこういう場合は一時的に輸入を制限するセーフガードという手段を用いる。もしダンピング輸出が問題なのであればアンチ・ダンピング課税という手段もある。

この二つの保護措置はともにWTOのルールで認められており、措置の対象となった国は報復したりしてはいけない。不満があればWTOに申し出て紛争解決のためのパネルを設置してもらい、そこで議論する。

WTOのルール違反

ところがアメリカの今回の輸入制限はWTOのルールには則らず、国内法に基づくものなので、制限された相手国もWTOのルールを無視して報復してもかまわないということになる。報復課税はルール違反だとアメリカがWTOに訴えたとして、そもそも先にルールを破ったのはアメリカなのだから、WTOに取り合ってもらえない可能性が高い。

実際、中国が4月1日にアメリカ産の豚肉やワインなど128品目に対して15%または25%の上乗せ課税をするという報復措置を始めた。これに対してアメリカが対抗措置をとろうとしたらWTOに訴えても無駄なので、次なる報復で応戦せざるをえない。こうして米中間は際限のない貿易戦争になる。アメリカは貿易戦争に向かう危険な扉を開けようとしているのであり、早くこの戦いをやめてWTOのルールに則った保護措置に切り替えるべきである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

伊ベネチア、観光客から入市料徴収 オーバーツーリズ

ビジネス

日産、中国向けコンセプトカー4車種公開 巻き返しへ

ワールド

訪中のブリンケン米国務長官、上海市トップと会談

ビジネス

独VW、中国市場シェアは2030年まで昨年並み維持
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story