コラム

米中貿易戦争は無益なオウンゴール合戦

2018年07月19日(木)16時20分

その政策とは、安全保障を口実に鉄鋼とアルミの輸入に追加関税をかけてみたり、中国からの輸入500億ドル分、1102品目もの製品に25%の関税を上乗せするものである。これまでは先進国が率先して関税を撤廃し、途上国にはハンディを認めるという流れで自由化が進められてきたのに、世界最強国が自国産業を保護すると言い出し、しかも世界第2位の経済規模を持つとはいえ、一人当たりでみればまだ中所得国でしかない中国に狙いを定めて叩きはじめたのである。

WTOルール破りの関税攻撃に対しては、WTOルール破りの報復で応じるしかないとして中国をはじめ、EU、カナダ、インド、メキシコなどがアメリカからの輸入に報復関税をかけた。世界の主要な貿易大国が場外乱闘を始めてしまい、WTOは空中分解の危機にある。

貿易赤字は逆に増えかねない

トランプ政権の関税攻撃は貿易相手国を傷つけるだけでなく、アメリカ経済に幾重にもダメージを与える。いわば無知と意固地が生んだオウンゴールのようなものである。

第一に、前回のこのコラム(「米中貿易戦争・開戦前夜」)で詳しく述べたように、中国製品に追加関税を課せばアメリカの消費者の負担が増加し、その財の購入量を減らすか、あるいは他の財・サービスの購入を減らさざるを得なくなる。それに関税をかけても、引き続き中国から輸入が続く可能性や、他国からの輸入に置き換えられる可能性もあり、その場合には貿易赤字を削減する効果も疑わしい。

第二に、今回アメリカが制裁関税をかけた中国からの輸入500億ドル分の中身をみてみると、うち52%が中間財、43%が資本財で、消費財は1%にすぎなかった(Chad Bown, Euijin Jung, Zhiyao Lu, "Trump, China, and tariffs: From soybeans to semiconductors" VOX CEPR Policy Portal, June 19, 2018)。つまり、アメリカの企業が中国から輸入される中間財を使って最終製品を作ったり、中国から輸入した機械設備を使って何かを作っているということである。中国製の中間財・資本財の価格が関税によって高くなれば、それを輸入しているアメリカ企業のコストが上昇する。その結果、アメリカ企業が国内外の競争で不利になり、輸入の増大あるいは輸出の減少を招く。貿易赤字の削減を目的に実施した関税によってかえって貿易赤字が増えてしまう可能性がある。

第三に、アメリカの一方的な課税は各国からの報復を引き起こした。それはアメリカからの輸出を減少させるだろう。報復まで考慮に入れた場合、今回の関税によって貿易赤字を削減できる可能性はますます小さい。しかし、トランプ政権は報復には再報復で応じる構えを見せている。報復の連鎖は世界の貿易を縮小させる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、FRB引き続き利下げ視野

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ワールド

イスラエル軍、ガザ攻撃「力強く継続」 北部で準備=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story