コラム

GDP統計の修正で浮かび上がった中国の南北問題

2020年07月10日(金)16時30分

もっと驚くのが吉林省と黒竜江省である。水増し分を抜いたらなんと全国最下位の近くまで落ちてしまった。これらも遼寧省と同じく国有企業の重荷に悩まされてきたが、ここまで貧しいという認識は誰も持っていなかったであろう。

一方、中部の安徽省や湖北省、沿海南部の福建省、広東省、そして西南内陸部の雲南省と貴州省が順位を上げている。

雲南省には2018年に2度訪れる機会があったが、たしかに観光業や、葉タバコや熱帯作物の農業が盛んで、成長の勢いを感じた。雲南省を飛行機で訪れる人が多いため、昆明空港の2019年の利用客数は4800万人と、日本で第2位の成田空港(4200万人)よりも多い。

また、広東省にはハイテク企業が集まる深圳市と広州市があるので、1人あたりGDPが第6位というのは納得できる数字である。それにしても人口が1億1000万人を超えている広東省の1人あたりGDPが、世界銀行の定める高所得国のラインを超える1万3561ドルになったというのはなかなかすごいことだ。

chinamap.jpg

筆写作成

東北部が没落し、南部が興隆していることは人口の動きにも表れている。東北3省からは緩やかに人口が流出しており、2014年と2019年の人口を比べると、遼寧省は0.9%、吉林省は2.2%、黒竜江省は2.1%人口が減っている。一方、中部や南部では人口が増えており、2014年から2019年の間に広東省は7.4%、浙江省は6.2%、安徽省は4.7%人口が増えている。発展の機会を求めて東北部から中南部に移り住む人がいるためであろう。

膨大な退職者を支える

東北部にはもともと歴史の長い国有企業が多いし、1990年代に国有企業の余剰人員を削減する際に早期退職を認めたため、年金生活を送る退職者が多い。一方、広東省や福建省にはもともと国有企業が少なかったうえ、内陸部から若い出稼ぎ労働者が大量に流入してきている。こうした事情のため、現役世代と退職世代の比率が北部と南部とでは大きく異なっている。

年金保険への加入者数を見ると、広東省では現役労働者6.7人に対して退職者が1人、福建省では現役労働者4.6人に対して退職者が1人という割合である。一方、東北3省では現役労働者1.4人に対して退職者が1人である。つまり現役世代1人にかかってくる年金生活者を養う負担が3~5倍も違うのである(澤田[2020])。ちなみに、中国の年金制度は省ごとに会計が分かれている。退職者の数が地域間でアンバランスであることに配慮して、年金会計が豊かな地方から貧しい地方に資金を回す仕組はあるものの、それで負担の格差が解消されるわけではない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、「ウゴービ」の試験で体重減少効果

ビジネス

豪カンタス航空、7月下旬から上海便運休 需要低迷で

ワールド

仏大統領、国内大手銀の他国売却容認、欧州の銀行セク

ワールド

米国務長官がキーウ訪問、ウクライナとの連帯示す
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story