コラム

小津安二郎の『東京物語』はイメージよりもエグイ......でもやっぱり窮屈

2020年11月12日(木)11時40分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<大学の映画サークル時代、半ば義務感で観た『東京物語』の内容はほとんど記憶に残っていなかった。つまり「刺さらなかった」のだが、40年近く過ぎて改めて観てみると...>

大学の映画サークル時代、小津安二郎の作品は、教養として観ておかなければいけない映画の筆頭だった。でもどちらかといえば洋画派で、しかもスピルバーグとアメリカン・ニューシネマが大好きだった僕は、小津の作品を積極的には観なかった。代表作である『東京物語』は名画座で(半ば義務感で)観ているはずだが、その内容はほとんど記憶にないし、その後も小津の他の作品を観ようとは思わなかった。つまり「刺さらなかった」のだろう。

それから40年近くが過ぎて、僕の感受性もずいぶん変わったはずだ。そう考えながら再見して、こんなエグイ映画だったのか、と驚いた。もっと微温的で、ほんわかした家族愛の映画のような印象を持っていた。

黒澤明を別格にすれば、小津は世界でも最も敬愛される日本の映画監督といえるだろう。ゴダールにキアロスタミ、ヴェンダースにジャームッシュにカウリスマキなど、多くの巨匠たちが小津の作品へのオマージュを自らの作品で示している。カメラは絶対にフィックス。徹底したロー・ポジション。2人の会話を撮るときには、2人の位置を結ぶイマジナリーライン(自然に見えるアングル)を無視して、カメラに向かってそれぞれしゃべらせる。決して俳優たちのアドリブを許さない。「僕の作品に表情はいらない。能面でいってくれ」と小津に言われたことを、笠智衆は後に明かしている。

その笠が演じる年老いた父親と東山千栄子演じる母親。末娘の京子(香川京子)と尾道で暮らす2人は、東京に暮らす子供たちを訪ねるために上京する。久しぶりに会った長男(山村聰)とその嫁(三宅邦子)、長女(杉村春子)とその夫(中村伸郎)たちは、2人が到着した日はかいがいしくもてなす。だが、仕事や日常に忙しい彼らは次第に2人を持て余すようになり、せっかくの機会だからゆっくり湯治してくださいと言い訳して熱海へ追いやってしまう。

当初は子供たちのプレゼントに喜ぶ2人だが、長女が見つけた格安の宿は若者向けだったらしく、2人が休む部屋のすぐそばの大広間では夜中まで若者たちが大騒ぎだ。

大勢の哄笑が聞こえる部屋で2人が悶々と布団の上で寝返りを続けるこのシーンは、観ていてかなりつらい。戦争映画やホラー映画など残酷で凄惨なシーンはさんざん観ているはずなのに、ある意味でそれ以上に胸が痛くなるシーンだ。戦死した次男の妻である(つまり血のつながりのない)紀子(原節子)だけが温かく2人に接することで、実の子供たちの薄情さはさらに浮き彫りになる。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ中部にロシアミサイル攻撃、8人死亡 重要

ワールド

パキスタンで日本人乗った車に自爆攻撃、全員無事 警

ビジネス

英小売売上高、3月は前月比横ばい インフレ鈍化でも

ビジネス

日産、24年3月期業績予想を下方修正 中国低迷など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story