コラム

スリランカは「右傾化する世界の縮図」―ヘイトスピーチ規制の遅れが招いた非常事態宣言

2018年03月13日(火)18時00分

破壊されたモスク前をパトロールするスリランカ軍兵士(2018年3月8日) Dinuka Liyanawatte-REUTERS

人種・宗派に基づく差別に基づく、ヘイトスピーチや「右翼テロ」は、いまや先進国だけでなく開発途上国でもみられます。これは不満や憎悪の噴出であると同時に、社会をさらに混乱させる原動力にもなります。

インド洋に浮かぶスリランカでは、3月6日に政府が非常事態を宣言。同国では少数派ムスリムへの嫌がらせや襲撃を、当局がともすれば放置しがちであったことが、大規模な反ムスリム暴動とそれに続く非常事態宣言に行き着きました。いわば、スリランカはヘイトスピーチを積極的に取り締まらなかったツケに直面しているといえます

mutsuji20180313105201.jpg

非常事態宣言への道

スリランカは人口約2100万人。その約70パーセントを占めるシンハラ人の多くは仏教徒です。今回の非常事態宣言のきっかけとなったのは、少数派ムーア人(約9パーセント)などのムスリムに対するシンハラ人の暴動でした

3月6日、中部州の複数の町で、ムスリムが多い地域を数百人のシンハラ人が襲撃。モスクや商店などが破壊・放火され、少なくとも一人が死亡しました。この事態に、スリランカ政府は10日間の非常事態を宣言。夜間外出が禁じられ、フェイスブックなどソーシャルメディアが遮断されました。しかし、その後もムスリムへの襲撃は続いています。

ムスリムへの反感

今回の暴動は、これまでに高まっていた反ムスリム感情が暴発したものでした。

近年、サウジアラビアがインド洋一帯に進出するなか、スリランカもその対象となっています。2015年7月には、スリランカの経済特区にサウジがインフラ整備などで12億ドルを投資することで合意。こうした背景のもと、商業に携わることの多いムスリムは「経済的なチャンスに恵まれる」と嫉妬の対象となり、SNSなどで「富裕な湾岸諸国に出稼ぎに行ったムスリムが帰国後に豪華な家を建てた」といった噂が広がるようになりました(スリランカ・ムスリム評議会の代表はこうした噂が「神話」に過ぎないと否定している)。

さらに、厳格な政教一致を求めるワッハーブ派を国教とするサウジアラビアは、神学生の派遣や神学者の招聘を通じて、海外のムスリムに影響を広げてきました。その結果、以前は髪をスカーフで隠すだけのことが多かったスリランカのムスリム女性の間にも、顔を全て覆うアラビア半島風のヒジャブが普及。さらに、スリランカから少なくとも32人が「イスラーム国」(IS)の外国人戦闘員としてシリアに渡航する事態となりました。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求 ハマスは

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story