コラム

異次元の日米関係―安倍政権の「猛獣使い外交」が抱えるコスト

2019年06月03日(月)13時45分

トランプとの蜜月には代償も伴う Kiyoshi Ota/ Reuters

<安倍は訪日したトランプとの蜜月をアピールし、このままでは日本の大義とトランプ一辺倒の現実とのギャップがますます開いて世界の信頼を失うことになりかねない>

麻生財務相は5月26日、令和初の国賓として来日したトランプ大統領と安倍首相の親密さを念頭に「諸外国がやっかむほど日本の地位は国際社会で上がっている」と述べた。実際、トランプ氏をこれまでになく厚遇した今回の首脳会談は、日米関係が新たな次元に入ったことを象徴するが、そこには大きなコストがつきまとう。

「猛獣使い外交」の意味

貿易をはじめとする既存の国際ルールを一方的に破棄してきたトランプ大統領は、いまや世界最大のトラブルメーカーとも呼べる。日本政府がそのトランプ氏との親密ぶりをあえて世界に示したことには、大きく二つの目的がうかがえる。

第一に、「アメリカは孤立していない」という宣伝に一役買うことでトランプ氏に恩を売り、日米間の交渉を有利に運ぶことだ。実際、首脳会談では両国間の最大の懸案の一つである貿易問題が事実上先送りにされた。

第二に、「暴走しがちなアメリカ政府に影響力をもつのは日本だけ」というメッセージを発信し、間接的に日本の発言力を高めようとすることだ。安倍首相は昨年のG7サミットでもアメリカと他のメンバーのつなぎ目役としての役割を演じ、共同宣言の取りまとめに発言力を確保した(ただし、共同宣言にあった「保護主義と戦う」という文言は後にトランプ氏によって拒絶された)が、今回のトランプ訪日はこの関係をさらに強めたといえる。

あえて懐に入って噛みつかれにくくするとともに、何をするか分からないトランプ政権に一定の影響力をもつことで存在感を高める手法は「猛獣使い外交」とも呼べるだろう。

中国の反応

その日本に対する各国の関心は高い。とりわけ目を引くのが中国の反応だ。

トランプ訪日に先立ち、中国の国際的な宣伝媒体とも呼べる英字紙グローバル・タイムズ(環球時報)は「日本が中国とアメリカの中間にあることを望む」という社説を掲載したが、日米首脳会談後には目立った論評がなかった。

これといったコメントがなかったこと自体、日本への配慮をうかがえる。
日中関係はこの数年で急速に改善してきたが、その一因はアメリカとの関係が悪化するにつれ中国が対日関係の改善に向かったことにある。この背景のもと、これまで以上に緊密な日米関係をアピールする日本に中国が無言を貫いたことは、対米関係の悪化を埋め合わせる日本との関係が悪化することを避けたものとみてよい。

選択の幅を狭める

ただし、猛獣使い外交には大きく三つのリスクがつきまとう。

第一に、日本はこれまで以上にアメリカにつき合わざるを得なくなる。それは結果的に、予測が難しいトランプ外交に振り回されやすくなるだけでなく、自らの選択の幅を狭めやすくもする。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、6月以降の数回利下げ予想は妥当=エストニア

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story