コラム

香港に迫る習近平の軍隊、人民武装警察とは何者なのか

2019年08月16日(金)13時08分

人民武装警察(2017年11月24日、南京) REUTERS

<中国軍といえば人民解放軍だが、人民武装警察は共産党体制を脅かす少数民族や不満分子を武力鎮圧してきた「共産党の番人」。果たしてその実力は>


・拡大する香港デモに対して、中国当局は人民武装警察を周辺地域に展開させている

・人民武装警察はテロ対策などを専門とする部隊で、習近平体制のもとで指揮命令系統などが改革され、「共産党体制の番人」としての地位を名実ともに確立した

・これまでより集権化した人民武装警察が介入した場合、天安門事件以上の鎮圧が行われる可能性すらある

香港でデモ隊が空港を占拠するなど混乱が拡大するなか、本土との境界付近で中国の準軍事組織、人民武装警察が移動している。人民武装警察はテロ対策などを専門にする独立した部隊で、これが動き始めたことは、香港でのデモが拡大し続ける状況に中国当局が容赦なく取り締まる意思を示したものとみられる。

もう一つの軍隊

米国防総省傘下のナショナル・ディフェンス大学などは人民武装警察を「中国のもう一つの軍隊」と呼ぶ。「準軍事組織」とも呼ばれるように、人民武装警察は軍隊と警察の中間に位置するもので、日本など先進国ではこれに該当するものがほとんど見当たらない。

主な任務は国内の治安対策、海上警備、戦時における人民解放軍の支援の3つで、これにあたる人員は現在約150万人にのぼる。

その装備には催涙弾やゴム弾など一般の警察でも使用されるものの他、自動小銃、火炎放射器、迫撃砲、装甲車なども含まれる。また、『ミリタリー・バランス』によると、近年では無人機など諜報のための新技術の導入も進められている。

中国の一般的な警察官が青い制服を着ているのに対して、人民武装警察の制服は軍隊式のオリーブグリーンで、天安門広場など重要拠点で警備にあたる姿は外国人の目に触れる機会も多い。

共産党体制の番人

2009年に中国公安部は人民武装警察の存在意義を「国家安全保障の番人」であると明言している。しかし、一党制国家の中国において、党は国家に優越するため、実際の人民武装警察の役割は「国家の安全を守ること」ではなく「共産党体制の安定を図ること」にあるといえる。

実際、人民武装警察はこれまで共産党体制を脅かす者を各地で鎮圧してきた。それは漢人以外の少数民族が多い土地で特に目立つ。

例えば、分離独立を求めるチベット自治区で2008年に発生した暴動では、人民武装警察が「自衛のため」発砲し、当局の発表だけで21人が死亡し、数百人が負傷した(実際はもっと多くても不思議ではない)。これに関して、人民武装警察は「過激派の鎮圧は国内法および国際法に照らして適法」と言明している。

また、イスラーム系のウイグル人が多い新疆ウイグル自治区では、「分離主義者によるテロ」への対策として、約1万人の人民武装警察が駐留し、抗議活動などを押さえ込む主体ともなっている。

習近平体制のもとの再編

このように人民武装警察は共産党体制の番人としての認知を得ているが、これが名実ともに確立されたのはごく最近のことである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、ロシアに軍民両用製品供給の兆候=欧州委高官

ワールド

名門ケネディ家の多数がバイデン氏支持表明、無所属候

ワールド

IAEA、イラン核施設に被害ないと確認 引き続き状

ワールド

オランダ半導体や航空・海運業界、中国情報活動の標的
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story