最新記事
シリーズ日本再発見

名店「すきやばし次郎」を築き上げた小野二郎と息子・禎一の職人論

2019年11月08日(金)17時35分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

book191108sukiyabashijiro-5.jpg

凜とした空気が流れる「すきやばし次郎」の店内(『「すきやばし次郎」 小野禎一 父と私の60年』より。撮影:戸澤裕司)

映画『二郎は鮨の夢を見る』で世界に広がった評判

「すきやばし次郎」には海外からの客も多いが、それには一本の映画が影響している。アメリカ人監督のデヴィッド・ゲルブによる『二郎は鮨の夢を見る』(2011年公開)は、二郎氏を軸に、禎一氏や隆士氏、弟子たちのほか、店を取り巻くプロフェッショナルな人々を映し出したドキュメンタリー映画だ。

世界各国で公開されたことから店の評判は海を越えて広まり、ハリウッドスターをはじめとする著名人が店を訪れるようになった。実はオバマ氏もこの映画を見ており、本人たっての希望で、店での会食が急遽決定したという(ちなみに禎一氏によれば、オバマ氏は鮨をほぼ完食したそうだ)。

この映画は、鮨職人を芸術家のように描き出しており、店内の凜とした空気までもが画面から伝わってくる。日本の「職人気質」というマインドを世界に知らしめた作品と言えるだろう。映画を見て来店する人々は、味だけでなくその精神性に触れたくて、わざわざ足を運んでいるのだ。

しかし当の二郎氏は、鮨職人の魅力は何かと聞かれても、やはり「手に職がある方がいい」「職人は定年のない、いい仕事」と答えるだけ。その上で、職人であれば、自分の腕次第で上に行けるという点も張り合いがあっていいと思うが、「ただ、上にいくためには志が必要です」とも語っている。


手を抜かず、一つひとつの仕事を毎日コツコツと繰り返し、もしかしたら何十年もかかるかもしれないけれど、いや、生涯「ここに極まれり」という自覚は得られないかもしれないけれど、こういう職人の世界がある......(中略)......そこにこそ、この仕事の良さや醍醐味があるのです(317ページ、小野禎一氏によるあとがきより)

「神様」と呼ばれる父と、黒子に徹する息子。高潔でありながら地に足の着いた出色の職人論が、2人の共通点であり、「すきやばし次郎」の土台でもある。世界に冠たる名店のさまざまなエピソードの中に、それを築き、守り、受け継ぐ職人たちの偽らざる本音が、彼ら自身の言葉を通して垣間見える。

本書の著者は15年ほど前から同店を訪れており、今では月に1、2度、二郎氏の握る鮨を堪能しているという。二郎氏や禎一氏の話しぶりからも親密さが伝わってくるが、二郎氏の誕生日には長い手紙を書くのが恒例だという間柄の著者だからこそ、これほど踏み込んだ話を聞き出せたのだろう。


「すきやばし次郎」 小野禎一 父と私の60年』
 根津孝子 著
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

旧ソ連モルドバ、EU加盟巡り10月国民投票 大統領

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=

ビジネス

年内のEV購入検討する米消費者、前年から減少=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中