コラム

日銀の長期金利操作政策が奏功した理由

2017年02月06日(月)15時30分

estherpoon-iStock

<日銀が昨年9月に導入した長期金利操作政策が、結果として想定以上の効果をもたらした理由とは...。そして、「トランプ・リスク」をいかに抑止するか>

昨2016年は、日本銀行にとって、まさに試練の年であった。1月末には、中国を初めとする新興諸国の減速、2014年4月の消費税導入以来の国内消費の落ち込みを背景に、民間銀行の日銀当座預金の限界部分に対して0.1%のマイナスの金利を適用する政策を導入した。このいわゆるマイナス金利政策は、各種金利のさらなる低下を通じて住宅ローンや社債発行を拡大させる一方で、一部金融機関の収益悪化をもたらした。

そこで日銀は9月に、10年物国債の金利をゼロに誘導する、長期金利操作政策を導入した。これは、マイナス金利政策の導入以降にマイナスの領域に落ち込んでいた長期国債金利を引き上げ、イールドカーブをスティープ化させること狙ったものであることから、イールドカーブ・コントロール政策と呼ばれた。この政策は、利鞘を確保できるようになった金融機関からはおおむね歓迎された一方で、より一層の金融緩和を求める向きからの厳しい批判を招いた。また、もともと黒田日銀の異次元金融緩和政策に批判的だった方面からは、「日銀はこれまでの政策の限界を認めて路線転換した」といった声も聞こえた。

この9月の決定から4ヶ月以上がすぎた2017年2月現在、状況は様変わりしている。日銀の長期金利操作政策を批判する声は、存在しないわけではないにしても、非常に小さなものになっている。また、「異次元量的緩和政策の限界」を言いつのってきた論者たちの声は、さらに小さくなっている。

日本の金融政策をめぐる問題状況が、このように突如として転換したのは、あの強い批判と揶揄の対象となった、日銀が昨年9月に導入した長期金利操作政策が、結果として事前の想定以上の効果をもたらしたからである。本稿では、そのようなことがなぜ生じたのかを考察する。

長期金利操作政策の「受動的緩和」効果

日銀の長期金利操作政策については、専門家の一部で、その長期的遂行可能性に関して、現在でも根強い疑念が存在する。それは、ある意味ではやむを得ない。というのは、「中央銀行は政策金利として短期金利を操作することはできても長期金利は操作できない」というのが、金融政策に関するこれまでの「常識」であったからである。

リーマン・ショックを契機とする世界大不況によって先進諸国の主要中央銀行が量的緩和政策などの「非伝統的」金融政策に移行する前までは、ほとんどの中央銀行は「短期市場金利の操作」を手段とした「伝統的」金融政策を遂行していた。そこでは当然、長期金利は市場の決定に委ねられていた。第2次世界大戦後の英米のように、中央銀行が国債管理を目的として長期金利に上限を設ける場合もなくはなかったが、それはマクロ安定化という金融政策本来の目的と矛盾するため、結局は放棄されるに至っている(雨宮正佳「イールドカーブ・コントロールの歴史と理論」を参照)。
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プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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