コラム

健全財政という危険な観念

2017年06月26日(月)17時50分

財政破綻本や国債暴落本の執筆者の多くは、いわゆる市場関係者である。また、そのような本を書くことはなくとも、自らのレポートや金融メディアでのインタビューなどを通じて、日本国債売りのポジション・トークとして財政破綻を煽る市場関係者は、海外ヘッジファンドのマネジャーなどを中心に数多い。

実際、財政悪化が問題視されるようになった小渕政権期以降、多くのヘッジファンドが日本の財政危機を喧伝し、日本国債に売りを仕掛けてきた。しかし、それらはいずれも不発に終わり、多くのファンド・マネジャーが市場からの退場を余儀なくされた。彼らはいずれも、日本の財政破綻を煽ることで、結局は自らが破綻する羽目に陥ったわけである。そして、市場ではいつしか、日本国債の売りは「墓場トレード」と呼ばれるようになった。

その状況は、日本の国債利回りの推移が示すとおりである(図1)。それは、バブル崩壊以降、景気循環によって変動しつつも、傾向的に低下し続けてきた。つまり、日本国債の価格は、暴落するどころか、傾向的に上昇し続けてきたのである。小渕政権以降に生じたいわゆる「日本の財政悪化」は、国債市場にはほとんど何の影響も与えなかったということである。

noguchi20170626a.jpg

貯蓄過剰がより顕在化しつつある世界経済

このように、日本ではバブル崩壊以降、財政赤字の拡大にもかかわらず、国債金利は傾向的に低下し続けてきた。これは、市場が日本の財政破綻というストーリーをまったく信じてはいないことを示すという意味では、歓迎すべきことである。しかしながら、金利が上がらないという事実それ自体は、決して望ましいことではない。というのは、国債金利の低下とは、何よりも日本経済に大きな貯蓄超過とデフレ・ギャップが存在していることを示すものだからである。事実、日本経済はその間、高い失業率とデフレに悩まされ続けてきたのである。

日本の国債金利がバブル崩壊以降これだけ低くなったのは、需要不足によって日本経済の民間部門に投資機会が不足し、多くの金融機関が国債で運用する以外の選択肢を見出しにくくなったからである。ただし2013年以降の国債金利低下に関しては、黒田日銀が実行した異次元金融緩和の影響が大きい。しかし、それもまた、日本経済に依然として大きなデフレ・ギャップが残されており、結果としてデフレからの完全脱却が達成できていないという状況の反映と考えることができる。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

コメルツ銀、第1四半期は29%増益 通期の純金利収

ビジネス

ブラックロック、インドに強気 国債ETFのシェア拡

ビジネス

日経平均は小幅続伸、米CPI控え持ち高調整 米株高

ビジネス

午後3時のドルは小幅安156円前半、持ち高調整 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story