コラム

映画『太陽の子』で考える「名前を奪う」行為の罪深さ

2016年09月27日(火)16時45分

写真提供:筆者

<二重国籍問題の際、蓮舫氏の「中国風の名前」を指摘する声もあったが、誰でも対外的に使いたい名前を使う自由がある。そんな「名前」の問題について考える格好の素材となるのが、筆者が日本での上映プロジェクトに関わる台湾映画『太陽の子』。台湾先住民にとって、名前はアイデンティティそのものだ> (写真:日本でのイベントで歌を披露する主演女優のアロ・カリティン・パチラル)

 一般の日本人が普段はあまり意識しない「名前」の問題について、考えてみたい。

 蓮舫・民進党新代表の国籍問題が、ひとしきり話題になった。その二重国籍問題の是非とは別に、蓮舫氏への批判のなかで中国風の名前を使っていることが、国会議員として(あるいは首相候補の一人として)ふさわしくない、という指摘があった。

 蓮舫氏は、もともと台湾姓の謝蓮舫であり、後に日本国籍を取得して斉藤蓮舫になり、結婚して村田蓮舫になった。ただ、芸能界には蓮舫でデビューし、その後、キャスターとして蓮舫を使い続け、国会議員としても蓮舫を通している。蓮舫氏とのインタビューでその理由を聞いたところ、「蓮舫という名前は、自分が過去から今日まで、唯一使い続けた名前」であることから、蓮舫という名前に強い愛着があるとのことだった。

 大前提として、通称として公的な場で使用する名前は戸籍上の名前と一致する必要はないので、知名人でも、あるいは市井の一人でも、対外的に使いたい名前を使う自由がある。政治家の場合も立候補届けは本名だが、通称使用は広く認められている。どんな名前を使うかで蓮舫氏の日本という国家に対する忠誠心を問うような議論には同意することはできない。そもそも、忠誠心は、政治家としての行動や言論によって問われるものだし、漢文教養が根底にある日本社会において、どの名前が中国風で、どの名前がそうではないのかを判別することなど事実上不可能な作業である。

 さて、筆者は台湾映画『太陽の子』(原題:太陽的孩子)を紹介するプロジェクを立ち上げ、有志の方々の協力のもと日本各地で上映会を行っている。『太陽の子』は、台湾先住民のアミ族の村が、中国人観光客のためのホテル開発に直面したとき、伝統の土地と農業を守るべきかどうか悩みながら、家族や地域の一体感を取り戻していくプロセスを描くもので、先頃、蔡英文総統の謝罪によって注目された台湾の先住民問題を理解するうえでも格好の素材であり、できるだけ多くの人に見てもらいたいと思っている。

【参考記事】台湾映画『太陽の子』と、台湾の「奪われた者」たち

小学校に上がると中国語名を使わなくてはならなかった

 この映画のなかで、こうした「名前」という問題について、別の角度から我々に思索のチャンスを与えてくれるシーンがあった。

 主人公でアミ族の女性パナイが、農地の水路修復に対する支援を求めるため、専門家を前に演説を行うのだが、そこでパナイは「名前」をめぐる自分の過去について語り始める。やや長くなるがその下りを紹介したい。

『小さいころ、スピーチコンテストに出るといつも最初はこう自己紹介しました。"皆さん、こんにちは、林秀玲です"。その瞬間、審査員の皆さんはびっくりしてこう言うのです。「このアミ族の子は大したものだ。言葉になまりがない」。そして表彰されるのです。「村の誉れ」。そんな名前の賞です。でも、私はその賞が本当はとても嫌でした。なぜならそれは私が精一杯自分をごまかし、アミ族でない振りをしたご褒美だったからです。私は林秀玲ではありません。私にはとても美しい名前があります。パナイという名前が。皆さん、こんにちは、私はパナイです。パナイは「稲穂」を意味します。小さいころ、村には一面の美しい稲穂がありました。でも今は何もありません。私はそれを復活させたい。"パナイ"を取り戻したいのです』

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

制約的政策、当面維持も インフレ低下確信に時間要=

ビジネス

米鉱工業生産、3月製造業は0.5%上昇 市場予想上

ワールド

米中、軍事対話再開 22年以来初めて

ワールド

中東巡る最近の緊張、イスラエル首相に責任=トルコ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story