コラム

戦時下ベルリンに潜伏し、生き延びた人々の史実を描く『ヒトラーを欺いた黄色い星』

2018年07月27日(金)18時00分

実録ドラマと生存者のインタビューで構成する衝撃の史実 (c)2016 LOOK! Filmproduktion / CINE PLUS Filmproduktion

<戦時下ベルリン、ゲッベルスはユダヤ人を一掃したと宣言するが、約1500人が終戦まで生き延びた。そのうちの4人を描く衝撃の史実>

1943年2月、強制労働のために戦時下のベルリンに残されたすべてのユダヤ人を追放する決定が下され、同年6月、ヒトラーの右腕であるナチス宣伝相ゲッベルスは、首都からユダヤ人を一掃したと宣言する。しかし実際には約7000人のユダヤ人が潜伏し、約1500人が終戦まで生き延びた。

戦時下のベルリンに潜伏した4人の物語

クラウス・レーフレ監督の『ヒトラーを欺いた黄色い星』では、そのうちの4人の男女、潜伏開始時に16歳から20歳の若者だったツィオマ・シェーンハウス、ルート・アルント、オイゲン・フリーデ、ハンニ・レヴィの物語が描かれる。映画のなかで4人の主人公の人生はまったく交わることがないが、レーフレは、当時の体験を語る生還者たちのインタビューと彼らの証言やスタッフのリサーチに基づくドラマ、当時の記録映像を緻密に結びつけることによって、ひとつの世界にまとめ上げている。

出征を控えた兵士になりすまして空室を転々とするツィオマは、手先が器用で身分証の偽造に手を染めていたことから、ユダヤ人支援者にその腕を見込まれ、作業場まで確保する。ルートは、医師である彼女の父親に恩があるキリスト教徒の夫人に匿われる。オイゲンは、共産主義者の一家や密かに抵抗をつづける活動家の一家に受け入れられる。孤児のハンニは、髪をブロンドに染め、偽名を使い、別人として生きる。

彼らは、ただ怯えて身を潜めているだけではない。ツィオマは、身分証の偽造にのめり込むことで現実を忘れ、やがて偽造で得た報酬で幼い頃からの夢だったボートを手に入れる。ルートは友人のエレンとともに、黒いベールをかぶって戦争未亡人を装い、外出して映画館で過ごす。別人となったハンニは、映画館で時間をつぶし、あてもなく街を彷徨う。つまり彼らは、当時のベルリンの目撃者でもあり、これは、戦時下の日常や普通の人々を映し出す作品にもなっている。

『ゲッベルスと私』と比較してみると...

レーフレが証言に導かれるように切り拓く世界は、この6月に公開されたクリスティアン・クレーネスと他3名の共同監督になる『ゲッベルスと私』と並べてみると、その視点がより明確になるだろう。『ゲッベルスと私』は、ゲッベルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼルが、103歳にして当時の体験を語った独白と衝撃的なアーカイヴ映像で構成されたドキュメンタリーだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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