コラム

【大江千里コラム】かつてピアノ少年・少女だったあなたへ

2020年02月27日(木)16時20分

傍らにはいつもピアノが(ニューヨークのスタジオにて) COURTESY SENRI OE

<「6歳の頃、ピアノの発表会でトルコ行進曲を弾いているとBパートで魔が差した。Aに戻れなくなったのだ。ひたすらBをループ。」そのとき、6歳の大江氏がとった行動とは――。>

ニューヨークでピアノを弾いていると、花をいただくことがある。「感謝を伝えたくて」と手渡してくれるその人は、近くのグロッサリーストアに買いに走ってくれたのだろう。

「ありがとう」を伝えたいとき、ニューヨーカーは花を買いに走る。バレンタインには、たった1本のバラを手に地下鉄に乗る人や、花屋の列に並ぶ男たちの姿を見掛ける。

感謝といえば、僕に作曲をするきっかけをくれた先生がいる。僕がピアノを始めたのは3つの時。「男なのにピアノなんてダメだ」の一点張りだった両親に、僕は障子にクレヨンで鍵盤の絵を描いて「プレゼン」した。

ドレミファと歌いながら絵のピアノを弾く僕を、ふすまの隙間から両親がこっそりのぞいている。三日三晩これを続けて、ある日わが家にアップライトピアノがやって来た。

父いわく、「そこまで好きならば弾きなさい」。そして僕は、オペラ歌手を目指す女子高生のユミ先生にピアノを習い始めた。

ペダルに足は届かない。母が作ってくれた楽譜を入れる袋は、背が低いので道でひきずってしまい穴ができた。

6歳の頃だったと思う。ピアノの発表会でトルコ行進曲を弾いているとBパートで魔が差した。Aに戻れなくなったのだ。

ひたすらBをループ。会場がざわついた。どうしようもなくなった僕はその時生まれて初めて作曲し即興で演奏する。弾き終わるとペコッとお辞儀し、袖にはけた。大きな拍手と歓声が上がった。

この事件の後、ユミ先生はレッスンの最後に「テーマをあげるから曲を作って聴かせて」と言い始めた。キョトンとする僕に「だって曲作るの大好きでしょ」。お題は「スイカ」「夏祭り」「カバ」「あじさい」など。たった1人のお客さんであるユミ先生はいつだって大きな拍手をくれた。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD

ビジネス

新藤経済財政相、あすの日銀決定会合に出席=内閣府

ビジネス

LSEG、第1四半期契約の伸び鈍化も安定予想 MS

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story