コラム

トランプが起訴も弾劾もされないこれだけの理由

2018年08月29日(水)17時00分

そんなはずはない。アメリカの裁判では、容疑者の自白以外に犯罪の証拠がない場合は有罪にならない。コーエンが罪状を認めて受け入れられたということは、それ以外の証拠もある証し。さらに、コーエンが絡んだ口止め事件の1つはタブロイド紙ナショナル・インクワイアラーとの連携プレーだったというが、そのタブロイド紙の経営者でトランプの長年の友であるデービッド・ペッカーは刑事免責を受けて捜査に協力しているそうだ。コーエン以外の証言も揃うだろう。

じゃあ、証拠不足じゃなければなんなのか? ほかの捜査が進んでいてまだ起訴したくないから?

その可能性は十分ある。ここまでムラーの捜査チームは100件以上の容疑で32人と3つの法人を起訴している。そんななか、マナフォートとコーエン以外で5人は既に罪状を認めている。もちろん、捜査への協力が条件となり、捜査チームは情報をたくさん集めているとみられる。上記のペッカー以外でも、トランプ・オーガニゼーション社のアレン・ワイセルバーグ最高財務責任者(CFO)も含めて複数のインサイダーに刑事免責を与え、情報を収集しているという。一方で、まだトランプ本人には事情聴取していないし、いま起訴したら見切り発車な感じはする。

では、証拠や証言が十分集まったら起訴する?

いや、ほぼ100%しないと思う。なぜなら、それがOLCの決まりだから。

いや、オリエンタルランド・カンパニーではない。ディズニーランドは関係ない。

OLCは司法省の中の Office of Legal Counsel(法律顧問室)の略。OLCはウォーターゲート事件を受け1973年に、「現役大統領の業務妨害になりうる措置をとるべきではない」、つまり「起訴しない」方針を決めた。さらに2000年に「行政が憲法に課された責任を果たすべき機能を失うことになるため、現役大統領に対する起訴や刑事訴追は憲法に反する」として、「起訴できない」という、さらに強硬な指針を固めた。

裁判は時間も気力もかかる。大統領が安易な理由や簡易な手続きで裁判にかけられ、国民に託された国家運営から引き離されてはいけない。民意に選ばれた大統領を拘束できるのは、民意に選ばれた国会のみ。そのために、国会で罪や不正の有無を調べる措置、つまり「弾劾」が憲法に盛り込まれているのだ。国会の仕事を奪うことにもなるから、特別なケースじゃなければ行政の一部である司法省は大統領を起訴できない。OLCの見解はこういうロジックになっているわけだ。

合理的な判断だ。お互いの業務に余計な介入をしないのが憲法に定められている三権分立の大前提。適度なバランスを取りながら、お互いのブレーキ役を務めると「抑制と均衡」が働く。これでここまでアメリカの民主主義が保護されたと思う。

しかし、このシステムに大きな落ち穴がある。それは選挙制度における不正だ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

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