コラム

話題の「YA論文」が見落とすトランプ外交のお粗末さ

2020年07月30日(木)18時00分

「共和党大統領がいい」という「常識」には疑問がありすぎる。でも、一番納得がいかないのはやはりYA論文そのものの主張。これも首脳同士の関係にスポットを当て、直接会うことも、電話することも、ゴルフすることも多い安倍さんはトランプにとって「外国の首脳の中で最も親しい」とする。

この事実は否めない。しかも僕は(意外にも?)安倍さんの「トランプ対策」をそれなりに評価している。大統領選で当選した直後、トランプはヨーロッパ各国の国民に国家主義者、大衆迎合主義者、女性をも蔑視する人種差別主義者と懸念されていた。民意に沿い、それぞれの首脳も距離を置いていた。そんな苦境に立たされたトランプに味方が駆けつけてきた。金ぴかのゴルフクラブを手にした安倍首相だ。これは正解だとみる。後に国賓として招き、外国の首脳として初めて新天皇に面会させたのも致し方があるまい。「おだて外交」と言われるかもしれないけど、気分で外交が動く大統領の機嫌を取ることが得策だろう。

しかし、それでもトランプは上記の通り、TPPから離脱し、不利な貿易条件を押し付けて米軍駐留費全額負担を要求したとされる。そのほかに、日本が反対しても京都議定書の後継のパリ協定やイラン核合意の離脱に踏み切り、北朝鮮とは拉致問題の進展も中距離ミサイルに関する条項もないまま金正恩体制の保証を約束する骨抜きの合意を結んだ。一番親しいかもしれないけど、「大親友」の安倍さんの声をトランプが聞いた証はあまり見当たらない。

一方オバマ政権下で安倍さんはアメリカに国賓として招かれ、日本の首相として初めて両院で演説ができた。その上、米大統領と並んで初めて広島で平和演説もできた。どちらかというと、「おだてられた外交」ともいえよう。北朝鮮問題は解決できなかったとはいえ、中国牽制を目的としたTPPも含めて、日米の協力の下で国際協定がたくさんできた。個人としては親しくなかったかもしれないが、公人として首相を立て、パートナーシップを重視しているのはオバマ。

とも言えるのではないか? はい、言えます! というか、言いました!

対中政策は確かにオバマ政権の弱点

YA論文が注目するのは対中政策。これも北朝鮮問題と同じように、オバマが成功していない分野。政権の途中で融和策から敵対的な姿勢へと方向転換したことを無視しているが、YAさんの主張通り、オバマが中国の影響拡大や海洋進出を止められなかったのは間違いない。オバマ政権の弱点を突きたいならここだ!

しかし中国に関してトランプも強硬なレトリックを繰り返しているが、とりたてて成功しているわけでもない。現に、最近中国は南シナ海に新たな行政区を設置し、ベトナムが領有権を主張する水域で漁獲禁止を発表している。また先日、中国の公船が100日連続で尖閣諸島周辺海域へ侵入していることが確認された。史上最長の、めでたくない記録だ。

トランプは、中国の海洋進出のほかに、ウイグル人の強制収容も、香港の自治権侵害も止められなかった。この3年間でできたのは貿易戦争ぐらい。しかし、これも大失敗。貿易赤字は減ったが、それでも2016年の水準に戻っただけ。同時に、貿易戦争による世界経済の損失額をIMF (国際通貨基金)は7000億ドルと試算している。また、FRB(米連邦準備理事会)やコロンビア大学の試算では米企業の株価も貿易戦争によって1.7兆ドル減少しているという。貿易戦争に勝ったのはどこか分からないが、アメリカも世界も負けているのは間違いない。

ではトランプも失敗なら、どうすれば対中政策が成功するのか?

<関連記事:トランプ姪の暴露本は予想外の面白さ──裸の王様を担ぎ上げ、甘い汁を吸う人たちの罪

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

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