Picture Power

【写真特集】福島の酪農家、葛藤の9年間

ONE FAMILY'S 9-YEAR JOURNEY

Photographs by SOICHIRO KORIYAMA

2020年03月10日(火)19時20分

津島から約40キロ離れた大玉村で馬の牧場を始めた三瓶利仙。毎朝4時半に起きて、馬の世話をする

<原発事故から9年――帰宅困難区域に自宅がある酪農家の夫婦は、故郷へ戻ることを諦め、新しい一歩を踏み出す決意をした>

東日本大震災の津波被害を受け、福島県で未曽有の原発事故が起きてから9年。東京電力福島第一原子力発電所では廃炉へ向けた工程が実現可能かどうかも分からないまま、周辺地域では放射性物質を含んだ汚染水が処分できずに増え続けている。いまだに溶け落ちた溶融燃料(デブリ)を確認することすらできない原子炉もあり、一向に先に進めない状態にある。

原発事故の被災者たちも同じだけの時間を過ごした。時が過ぎゆくことで、やっと先に進む決心ができた人もいる。事故直後から取材をしている元酪農家の三瓶利仙は今、「帰還困難区域にある自宅は諦めた」と語る。

利仙と妻の恵子、そして親戚の今野剛の9年間は、まさに葛藤の連続だった。放射線量が高い浪江町津島地区に暮らしていた三瓶夫妻と今野は、事故直後には牛を残して一時避難したものの、やはり牛を見捨てられないと思い、すぐに帰宅した。それからは自宅にある牛舎で、まさに命懸けで牛の世話を続けた。

幸運にも3カ月後に、津島から30キロほど離れた、より安全な本宮市に空いている牛舎を見つけ、牛を全て移動させることができた。ただ牛乳を出荷することは禁じられており、搾乳を行っても廃棄処分せざるを得なかった。利仙は当時、「酪農以外、私たちに何ができるというのか」と心情を吐露している。それでも夫妻は朝早くから、がむしゃらに牛の世話をした。

収入はなかったが、生活は何とか続けられた。東京電力から補償金を受け取っていたからだ。

恵子は補償金がまとめて入金された直後、通帳に記載された金額を見て、「何も状況は変わっていないのに......(仕事への意欲を失って)抜け殻のようになった」と話した。しかし、牛の命にも関わる牛舎の清掃と搾乳は欠かすことがなかった。

だが事故から5年という節目を前に、福島では酪農を続けるのが困難と判断した三瓶夫妻は、廃業することに決めた。ただ同じ牛舎で自分の牛の世話をしていた今野は、酪農も、津島の自宅へ帰ることも諦められず、独り仕事を続けることにした。

その後も三瓶夫妻と今野は、可能な限り津島の自宅に昼間一時的に戻り、いつか先祖が眠る故郷に帰る日のために掃除などを怠らなかった。

いま三瓶夫妻は、他の牛舎の手伝いや乗馬の世話など、互いに別の仕事に就いている。復興庁は2017年に浪江町内を貫く国道114号を開通させた。三瓶らも自宅に帰りやすくなった半面、一時帰宅の手続きが厳格になった。19年は3回しか帰宅しなかった。

こうした状況に三瓶夫妻は、人が消え、廃虚と化した故郷への思いが薄れていった。戻っても何もない――。原発事故から9年を経て、ついに2人は津島に戻ることを諦めてしまった。今野も津島の自宅に戻る日を目指して黙々と牛の世話を続けてきたが、もう自宅について口にすることはなくなった。

ただ、そんな3人の表情は、どこか吹っ切れたように見えた。「ようやく新しい一歩を踏み出せる気がする」。恵子はそう言った。

――写真:郡山総一郎(写真家)、文:山田敏弘(ジャーナリスト)


pp311-02.jpg

福島県浪江町の帰還困難区域に指定されている津島地区へ続くトンネル


pp311-03.jpg

草木が生い茂る津島に、主を失った家がぽつんと立っている


pp311-04.jpg

国道沿いの朽ちた看板(浪江町)


pp311-05.jpg

商店の前の寂しげな自動販売機(浪江町)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル北部の警報サイレンは誤作動、軍が発表

ワールド

イスファハン州内の核施設に被害なし=イラン国営テレ

ワールド

情報BOX:イランはどこまで核兵器製造に近づいたか

ビジネス

マイクロソフトのオープンAI出資、EUが競争法違反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story