コラム

壁のために政府閉鎖を招いた、トランプに吹きつける逆風

2019年01月19日(土)13時40分

政府閉鎖の最大の責任はトランプにあると考える有権者が半数を占める Jim Young-REUTERS

<「壁を造る」と連呼したことで大統領になれたトランプだが、今回の騒動は政権の問題点を浮き彫りにした>

15年6月、ドナルド・トランプが翌16年の大統領選への出馬を表明したとき、有識者たちはあっさり泡沫候補として片付けた。本選挙での勝利や共和党の候補者指名獲得はおろか、共和党予備選でも勝負にならないだろうと考えたのだ。

確かに、この日の演説からして支離滅裂で乱暴に思えた。特に、メキシコからの移民について「彼らはドラッグを持ち込む。犯罪を持ち込む。彼らはレイプ犯だ。中には、いい人もいるとは思うが」と述べたくだりは、ニュースでも度々引用された。

大半の有識者の予想に反して、荒っぽい主張は、複雑さを増す世界で変化に不安を感じている一部の共和党支持者の間で支持を広げていった。トランプは、社会の多様性が乏しかった時代への郷愁を抱く有権者層の心理を直感的に察知していたと言えるだろう。

選挙戦でトランプ旋風の原動力になったのは、有権者の記憶に残りやすいシンプルなキャッチフレーズの連呼だった。「壁を造る」という言葉は、その最たるものだ。

しかし、政権発足から約2年が経過した今、メキシコとの国境に壁はできていない。それどころか、壁の建設費用をめぐる与野党対立により新しい予算が成立せず、連邦政府機関が一部閉鎖される事態に陥っている。

不満の矛先はトランプに

壁をめぐる状況は、トランプ政権の足取りの危うさを浮き彫りにしている。

第1に、「壁を造る」というのは、側近たちが入念に考えて言わせた言葉だった。何を突然言い出すか分からない候補者に手を焼いた選対幹部たちは、シンプルなキャッチフレーズを連呼させることで、余計なことを口走らせないようにしたいと考えたのだ。

政策としての具体的な実行方法はいっさい示されなかったが、シンプルであるが故に、支持層の内向きの心理にうまくアピールできた。政治集会に詰め掛けた支持者たちが歓声を上げるので、トランプもこのキャッチフレーズに満足していた。

第2に、トランプは途方もない虚偽を述べる傾向があり、そうした行動パターンは壁をめぐっても見られている。この問題で国家非常事態の宣言も検討しているようだが、現実は非常事態に程遠い。アメリカへの不法移民の入国数は、この10年ほどで最も少なくなっている。

第3に、壁の問題でも、トランプの衝動的な言動のせいで、それまで存在しなかった危機が新たに生まれている。政府機関の閉鎖が長期化するにつれて、空港のセキュリティーを担う運輸保安局(TSA)の職員が欠勤するケースが増え始めている。給料の支払いが止まっているからだ。

要するに、トランプは壁を造ろうとして政府閉鎖を招き、結果として国の安全を危険にさらしていることになる。しかも、まともな専門家はほぼ例外なく、メキシコとの国境に壁を造ってもアメリカの安全性が高まることはないと指摘している。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫

ビジネス

再送米GDP、第1四半期+1.6%に鈍化 2年ぶり

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story