コラム

首相のポスターに落書きした場合のみ逮捕される社会

2015年10月07日(水)12時00分

落書きが建造物、器物の損壊罪にあたるのはもちろんだが Electra-K-Vasileiadou/iStockphoto

 先月半ば、安倍首相のポスターに度々落書きをしていた71歳の男性が器物損壊の容疑で現行犯逮捕された。容疑者は「今の政治に対し、やむを得ずやった」と容疑を認めたという。その前には、JR御徒町駅構内のトイレに安倍首相を揶揄する内容の落書きがあり、警視庁上野署が器物損壊容疑で調べを始めた、という報道もあった。

 この手の報道を見つけて「国策捜査だ!」と勇み足をしてはならない。しかし、法の下の平等=法の適用が平等でなければならないのだから、ここは逆に、その容疑者への手厚すぎる捜査を疑うのではなく、その他の落書きが堂々と放任されている状態を問題視してみることも出来るだろう。

 法が等しく機能するならば、安倍首相のポスターにチョビ髭を描く行為と水商売のスタッフ募集のチラシに卑猥なイラストを描く行為への対応に差があってはならない。一方の落書きが「犯行がエスカレートしてきたため、警戒していた警察官が逮捕した」(FNNニュース)のならば、もう一方の落書きも、警察官が警戒を強め、器物損壊に勤しむ者をあちこちで逮捕しなければならない。

 安倍首相を揶揄する落書きならば動いて、「××したい人、TELください 080-****-****」ならば動かないのだとしたら、これは大きな問題である。安倍首相の落書きを直接見かけたことはないが、「TELください」方面の落書きは所々で見かける。いたちごっこのように、新たに書き足されていくのだろう。「安倍首相の落書きをしたら逮捕されるなんて、ここは北朝鮮か!」と力む前に、「その他の落書きをなぜ放任するのですか」と問うてみたい。この問いにはどうやって答えるのだろう。

 都内のJR施設で不審火が続いた事件で、威力業務妨害の疑いで男性が逮捕されたが、彼はあらゆる報道で「自称ミュージシャン」と報じられた。音楽の世界はアマチュアでいる限りは契約を結ぶことは少ないが、果たして何を成し遂げれば「自称」を外せるのだろうか。男性がライブハウスで演奏する模様が繰り返し放送されていたが、口約束であろうがライブハウスと話をつけて演奏し、使用料を払うなり、対価を得るなりしていたのだから、彼を擁護するわけではなく、あくまでも冷静な判断として、彼は「自称ミュージシャン」ではなく「ミュージシャン」ではなかったか。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、利下げ前に物価目標到達を確信する必要=独連

ワールド

イスラエルがイラン攻撃なら状況一変、シオニスト政権

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ビジネス

中国スマホ販売、第1四半期はアップル19%減 20
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story