コラム

中国海軍がオーストラリアで粉ミルクを爆買いする理由

2019年06月28日(金)17時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

(c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<安全安心な食料品を一部の特権階級が特別に供給されることは、中国では何千年も前から継承される千古不変の伝統>

天安門事件30周年の前日の6月3日、オーストラリアのシドニー湾にひそかに現れた3隻の中国軍艦に現地は騒然とした。でも、もっと人々がびっくり、唖然としたのは、その後の豪メディアが公開した写真だ。堂々たる大国の軍艦の乗組員が、地元で粉ミルクや美白シートマスクなどを爆買いした上、軍艦へせわしく搬入している。その姿はネットで大いに話題になった。

中国海軍の粉ミルク爆買いは今回が初めてではない。16年にも海外メディアが「中国海軍がオーストラリアで粉ミルクを爆買いし、ケースごと軍艦へ搬入」と報じた。この記事は今でもネットで見つけることができる。

08年に粉ミルクのメラミン混入事件が発生して以来、中国の人々は国産品に強い不信感を持ち続けており、経済的余裕さえあれば、ほとんどの人が海外の中国人から代理購入する。中国海軍がオーストラリアで粉ミルクを爆買いする理由もこれだろう。海軍の船だから、帰国時の税関検査など面倒くさい手続きが一切ない。誰より便利な密輸特権を握っているわけだ。

中国で特権は何千年も前から継承される千古不変の伝統だ。「特供」とは特権の一部で、より安全安心で栄養がある食料品を一部の特権階層に特別供給することを指す。

共産中国の特供は延安時代までさかのぼる。その頃から旧ソ連をまねして延安の党幹部に特供が配られ始めた。新中国の成立後、特供は明確に制度化され、各地に特供農場を設置。独自の供給チェーンもできた。そのおかげで、特権階層は添加物だらけの加工食品や化学肥料にまみれた農作物など、普通の市民社会を脅かす食の安全問題と無縁なのだ。

中国のSNS上で軍艦へ粉ミルクを搬入している乗組員たちの写真はさまざまな議論を呼んだ。「やはり軍内の特権階層のためだろう」といった不平不満だけでなく、「中国軍が海外へ行って粉ミルクを爆買い。これ以上の皮肉はない」「中国の特供チェーンも国際化か!」という嫌みもあった。

オーストラリア政府は当初、中国軍艦の入港を国民に知らせていなかった。外交上の秘密が理由でなく、自国民の怒りを恐れたからかもしれない。

【ポイント】
粉ミルクのメラミン混入事件

2008年、大手乳製品メーカーが製造した粉ミルクに結石などを引き起こす化学物質メラミンが混入。乳児1人が死亡し、5万4000人の乳児が腎臓結石になった。

延安時代
国民党軍に追われた共産軍は1万キロ以上の長征を経て西北部の陝西省延安に移動。1935年から1947年までここを根拠地とした。この間、苛烈な粛清運動も行われた。

<本誌2019年7月2日号掲載>

20190702issue_cover200.jpg
※7月2日号(6月25日発売)は「残念なリベラルの処方箋」特集。日本でもアメリカでも「リベラル」はなぜ存在感を失うのか? 政権担当能力を示しきれない野党が復活する方法は? リベラル衰退の元凶に迫る。


プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ前米大統領、ドル高円安「大惨事だ」 現政権

ビジネス

米ペプシコの第1四半期決算、海外需要堅調で予想上回

ビジネス

仏ケリング、上期利益が急減の見通し グッチが不振

ワールド

トランプ前米大統領、麻生自民副総裁と会談=関係者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story