コラム

豚コレラによる豚肉高騰で悲鳴を上げる中国人

2019年09月28日(土)14時15分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

No Pork, No Life! / (c)2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<「豚肉がない人生なんて!」――とても中国人には考えられない>

「高過ぎてもう豚肉が食べられない!」。中国で豚肉の値段が高騰している。地域によっては去年より30~50%も高く、生活に大きな影響を与えている。ネット上で苦情が絶えない。

去年の8月に流行し始めたアフリカ豚コレラが主な理由だが、もう1つ原因がある。農村の養豚場はいつも汚くて臭いがきついので、各地方政府はこの数年間、環境保護を口実に「不合格」と見なした養豚場を強制的に取り壊したのだ。

深刻な豚肉不足の中、各家庭の需要に応えるため政府は豚肉の戦略備蓄まで市場に供給し始めた。石油並みの扱いを見れば、豚肉が中国人にとってどれほど大事か分かるだろう。

そもそもブタという動物は、中国人にとって不思議な存在だ。人を罵るときは「ブタみたいなばか者!」と言うのに、ほぼ毎日欠かさずその肉を食べている。中国人にとって肉といえば豚肉のこと。「無肉不歓」という中国の言葉のとおり、食卓に肉がないと人生の喜びもない。

そんな喜びのために、中国人は年間5500万トン以上の豚肉を消費している。世界の豚肉生産量は年間1億1000万トンだが、そのうち半分の5400万トンは中国産。自国産だけでは足りず、毎年海外から100万トン以上を輸入している。中国の豚肉消費量はこの10年間連続世界一だ。

中国人とブタの関わりは長く、深い。紀元前14~11世紀の「殷墟」から出土した甲骨文には、中国人の祖先たちのブタ飼養の記載がある。働き者のウシやイヌ、ニワトリ、カモに比べてブタは食べて寝ての生活。ところが数カ月で体重が100キロを超えるので、一番重要な栄養源になってきた。

特に春節や結婚披露宴など大切なお祝いの日に、豚肉料理は欠かせない。紀元前の前漢時代の『礼記』には、広東料理の名物である子ブタの丸焼きに似た料理法が書かれていた。

「家」という漢字は屋根の下のブタを意味している。中国人の歴史は豚肉を食べる歴史。豚肉がない人生など想像できない。それなのに、今や豚肉は日本の神戸牛並みの値段。ついに人民日報系の新聞まで「鶏肉をもっと食べよう!」と言い出した。

政府にとっては香港デモより厄介な問題かもしれない。

【ポイント】
殷墟

殷王朝の首都の遺構。殷は実在が確認されている中国最古の王朝。現在の河南省安陽市に位置する。1928年に発掘が始まり、文字が刻まれた多数の甲骨が発見された。

礼記
前漢時代にまとめられた儒教の基本文献「経書」の1つ。儀礼の解説および音楽・政治・学問における礼の根本精神について述べている。

<本誌2019年10月1日号掲載>

20191001issue_cover200.jpg
※10月1日号(9月25日発売)は、「2020 サバイバル日本戦略」特集。トランプ、プーチン、習近平、文在寅、金正恩......。世界は悪意と謀略だらけ。「カモネギ」日本が、仁義なき国際社会を生き抜くために知っておくべき7つのトリセツを提案する国際情勢特集です。河東哲夫(外交アナリスト)、シーラ・スミス(米外交問題評議会・日本研究員)、阿南友亮(東北大学法学研究科教授)、宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)らが寄稿。


プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story