コラム

「ウイルス逆輸入」のレッテル──中国人留学生に祖国は総スカン

2020年03月30日(月)14時20分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

©2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増加するヨーロッパから「安全地帯」を求めて逃れてきたにもかかわらず、祖国の同胞からは猛批判を浴びる羽目に>

「中国以外は8万7182例。逆転した! 」

これは人民日報の3月16日のSNS「微信(WeChat)」への投稿。新型コロナウイルスの中国以外の感染者数が初めて中国を超えたことを勝ち誇っているようだ。

3月に入って、勝ち誇ることは中国メディアの主旋律となった。世界のどこも危ないが、中国だけは安全──。中国政府の勝利宣言は、国外に住む中国人の帰国ラッシュを招いた。特にヨーロッパから「脱出」する中国人留学生が多く、3月中旬の北京や上海の空港は連日大混雑になった。

これにはさすがの中国政府も驚いた。ウイルス逆輸入の懸念だ。帰国するなと呼び掛けつつ、既に帰国した人々を14日間の強制隔離に。これがさまざまなトラブルを引き起こした。水道の水が飲めない、ミネラルウオーターもない、病院で検査を受けたが十数時間も待たされた、食べ物もない......。

帰国者たちはこの待遇にネットで助けを求めたが、かえって中国国内から「ここは中国、命令に従って余計な要求をやめろ」と非難を浴びた。さらに帰国者の中に感染例が確認され、ますます国内の怒りを買った。ある中国メディアによる「祖国建設你不在、万里投毒你最快(祖国を建設するときにはいないのに、遠く離れた場所から毒を投じるときには一番早く帰る)」という差別的な批判もネット上でシェアされた。

今回、最も差別されているのは国外に暮らす中国人だろう。ただ、子供の頃からしっかり愛国教育を受けた中国人留学生たちは「離岸愛国主義」だと言われる。彼らは外国へ留学しても現地の人々とほとんど交流しない。中国の SNSだけを使い、中国のニュースしか見ない。豊かな物質生活と人権尊重の自由社会を享受しながら、中国式の愛国的価値観を持つ人々だ。

彼らのほとんどは富裕層出身で、その豊かな生活スタイルは一般中国人の不満を買いやすい。帰国後に隔離された際のさまざまな要求が非難されたのはこのためだ。中国式価値観を持ちつつ豊かな生活を求める国外の中国人たち──そんな彼らが「安全地帯」を求めて祖国に帰る。そして、帰ったとたん同胞から批判される。何とも皮肉なことだ。

【ポイント】
疫情过后中国或成大赢家
「新型肺炎が終われば中国は大勝利者になるだろう」。中国株が大暴落した2016年、中国官製メディアが負け惜しみ的に掲げた「中国或成最大赢家(中国は最大の勝利者になるだろう)」という記事タイトルがネットユーザーの間で流行。それ以来、世界を相手に不利な状況に追い込まれた中国政府を揶揄するスラングとして使われている。

<2020年4月7日号掲載>

cover200407-02.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年4月7日号(3月31日発売)は「コロナ危機後の世界経済」特集。パンデミックで激変する世界経済/識者7人が予想するパンデミック後の世界/「医療崩壊」欧州の教訓など。新型コロナウイルス関連記事を多数掲載。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story