コラム

習近平vs李克強の権力闘争が始まった

2020年08月31日(月)07時00分

今年5月の全人代で火花を散らす?習近平と李克強 Carlos Garcia Rawlins-REUTERS

<5月の全人代から8月の水害被災地視察にいたる共産党のさまざまな行事の水面下で、習近平と李克強の激しい暗闘が繰り広げられていた。その勝者は?>

今年5月28日、年に一度の全国人民代表大会(全人代)が閉幕したその日、中国の李克強首相は恒例の首相記者会見で「爆弾発言」をした。中国の貧困問題についての記者質問に答える中で「今の中国では、6億人が月収1000元前後」と発言したのである。

記者会見は中国中央電視台(CCTV)によっても中継されていたので、李がそこで淡々と披露したこの数字は直ちに全国に伝わってマスコミと国民の間に大きな波紋を呼んだ。

今年3月に国家統計局が公表した2019年の国民1人当たりGDPは7万892元(1万392ドル)で、初めて1万ドルの大台を超えた。一方、14億の国民のうちの6億人が「月収1000元(=年収1万2000元)」であるなら、上述の「1人当たりGDP」との落差はあまりに大きい。ちなみに「月収1000元」は日本円で約1万5000円、日本の生活保護の基準金額よりもはるかに少ない。今の中国でも、この程度の月収はまさに貧困そのものである。総人口の4割以上を占める6億の国民が未だに貧困にあえいでいる実態を、李が披露した数字によって多くの国民が知り、そして愕然と「世界第2位の経済大国」幻想から覚めたのである。

そういう意味においても、中国経済の実態を暴露した李の「月収1000元」発言はまさに爆弾発言の部類に入るものだが、実はこの発言にはもう1つ重大な政治的意味合い――事実上、習近平国家主席にケンカを売ったこと――が含まれていた。

習は2015年ごろから「2020年に脱貧困、小康社会の全面的実現」を自らの政権の看板政策として掲げてきた。それ以来の5年間、習はずっと全国の党幹部に対して「脱貧困・全面小康」実現の大号令をかけ続けてきた。今年になって新型コロナウイルスの影響があった中でも、習は既定の政策目標を変えようとはしなかった。3月、習は「脱貧困達成」の座談会を開き、「新型コロナの影響を克服し、脱貧困の全面勝利を勝ち取ろう」との檄を飛ばした。とにかくこの2020年内に「貧困人口の全員脱貧困」を実現させたい、との固い決意が伺える。

地方幹部たちは最高指導者の想いを忖度して、「脱貧困の成果」を次から次へとつくり出し習を喜ばせようとした。今年に入って省・自治区の多くは「わが地方は貧困人口の全員が脱貧困寸前」と宣言し始めた。人口8000万人の江蘇省に至っては今年の1月7日、「江蘇省で未だに脱貧困していないのはわずか17人」とまで宣言した。

各地方から相次ぐ「脱貧困報告」に基づき、習政権は2020年の年末に「14億国民全員が脱貧困し全面小康社会が実現された」と誇らかに宣言し、それを習の偉大な業績にする腹積もりだろう。これで習は、中国という国が始まって以来の最大の偉業を達成した偉大なる指導者――になる筋書きである。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ソロモン諸島の地方選、中国批判の前州首相が再選

ワールド

韓国首相、医学部定員増計画の調整表明 混乱収拾目指

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story