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2011.06.09

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未曾有の不安に追われて

原発事故への国の対応に不信感を抱く被災者は、家族の命を守ろうと一斉に故郷を後にした

2011年6月9日(木)09時59分
知久敏之(本誌記者)

「街はゴーストタウンになってしまった。店はどこも閉まっていて、残ってもとても生活できない」と、福島県南相馬市から山形市の避難所に逃れてきた松永薫(69)は言う。夫と共に衣料品店を経営していた松永の自宅は、東日本大震災で深刻なダメージを受けた福島原発から20キロ圏内の避難指示区域からは外れていたが、放射線の「見えない恐怖」に怯え、親類を頼ってここまで逃れてきた。

 原発事故で今月15日に出された避難指示の対象になったのは、福島県の10市町村に暮らす住民およそ8万人。しかし、その外側の30キロ圏内の屋内退避区域、さらにその外側の地域に暮らす住民までが、放射線の被害を恐れて一斉に県外への脱出を開始した。

 原発周辺から約100キロ離れた山形市郊外の巨大なスポーツ施設には、避難指示が出た15日に福島県からの住民を受け入れる避難所が設けられた。3日後、施設のフロアは1000人を超える住民であふれかえった。そのほとんどが原発に近い相馬市や南相馬市から、身の回りの物だけを車に詰め込んで逃げてきた人たちだ。

 フロアに敷かれた保温マットの上で、相馬市の管野雄三(17)といとこの吉田稔(17)は、携帯電話を握り締めて茫然と座り込んでいた。海を望む松川浦の近くで暮らしていた管野の家族は、アサリとノリの養殖業の傍ら民宿を経営していたが、11日の大津波で家も民宿も養殖施設もすべて失った。家族は近所に暮らす親戚と共に高台へ避難し、津波の被害を免れた。「絶望という言葉しか浮かんでこない」と、管野はつぶやいた。

 地元の避難所に身を寄せた管野の家族をさらに追い立てたのが原発事故だ。相馬市は屋内退避の対象からも外れていたが、家族はすぐに車で移動を始めた。管野の姉の友加里(22)は、「原発は国が責任を持って管理すべきなのに。今は怒りしか感じない」と憤る。

 福島原発周辺の住民はこれまで、国や東京電力から繰り返し安全性を強調されてきた。しかし今回の原発事故で、安全性への期待は完全に裏切られた。さらに避難を誘導するはずの自治体は機能せず、物流が滞ったことで被災地のあちこちで救援物資や生活必需品が不足している。これまで日本を支えてきたさまざまなシステムは、今回の震災で想像を超えるほどの脆弱さを露呈した。

 避難所で目立つのは、幼い子供がいる家族の姿だ。「子供は将来を担う世代だから、どうしても被曝させたくない」「親の責任として子供を守らなければならない」──。どの家族も、放射線から逃れられる安全な場所を求めて、いくつもの避難所を移動してきた。

「どうすれば子供の健康を守れるのか、国や自治体から具体的なアドバイスはまったくない。自分たちでは対処法が分からないので、ただ遠くへ逃げることしかできない」と、郡山市から山形市の避難所に来た母親は訴えた。郡山市は福島原発から50キロ以上離れている。

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