最新記事

貿易

得か? 損か?日本を惑わすTPP恐怖症

後ろ向きの不安に引きずられて「メガ貿易交渉」に乗り遅れれば世界のルール作りから取り残される

2013年4月24日(水)18時03分
ピーター・ペトリ(米ブランダイス大学教授)
マイケル・プラマー(米ジョンズ・ホプキンズ大学教授)

とにかく反対 TPPによる恩恵は大きいとみられるが、日本国内には根強い反対がある(写真は東京の反対集会) Kim Kyung Hoon-Reuters

 日本にとって、そして長期的には世界の貿易にとって、正しい決断だった。3月15日、2年半に及ぶ政治的迷走の末に、安倍晋三首相はTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加を正式に表明した。

 これによりTPPの交渉参加国は、原加盟国4カ国を含む12カ国となる。日本とアメリカのほか、西太平洋6カ国、南北アメリカ4カ国で、世界のGDPの38%を占める一大貿易圏が誕生しようとしている。

 日本政府はTPP参加が国内にもたらす影響について、統一試算を発表した。それによると、正式に参加した場合、GDPは全体で3兆2000億円(0・66%)拡大する見込みだ。

 TPP参加は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」が掲げる「3本の矢」──財政出動、金融緩和、成長戦略──のうち、成長戦略の一環として、日本の競争力を高め、投資家と消費者の自信につながるだろう。巨額の財政支出も必要なくなり、北米や東南アジアとの政治的な結び付きも強まる。

 ただし、日本政府の試算はそれなりに楽観的とはいえ、まだ控えめだ。筆者たちはこの2年間、TPPが主要国に与える影響を評価する総合的な経済モデルを研究してきた。その試算によると、日本のGDPは最大で政府試算の3倍、約10兆円(2%)押し上げられる。

 これほどの経済効果はどこから生まれるのか。例えば日本政府の試算は、対日投資の増加によるメリットを考慮していない。外国から日本への直接投資残高は10年にGDPの約6%だったのに対し、アメリカへは17%、ヨーロッパは72%、中国は22%だった。

 TPPが高度な経済協定に発展すれば、われわれの試算では、外国から日本への直接投資が40%増えることもあり得る。高性能の工業製品やサービスを中心に、輸出も11%増大するだろう。

 また、競争が増えることによって生産性が向上し、特に巨大なサービス部門ではさらなる成長が期待される。TPP参加への反対が根強い農業分野にも、国内外の市場で新しい機会がもたらされるだろう。

 日本政府とわれわれの試算に大きな差が生じている理由の1つは、日本政府が関税引き下げに伴う経済効果しか考慮していないからだ。しかし実際は、日本もほかの交渉参加国も、関税の大部分は既に低い。TPPの主な目的はむしろ、ほかの貿易障壁を撤廃することだ。

 そのためには規制立案のプロセスをより透明で一貫したものにして、不必要な規則や政府調達に関する制約、国有企業の特権などをなくしていく必要がある。今後の交渉で詳細を詰めてそうした方向に進めば、日本を含むすべてのTPP参加国は競争力が高まり、互いの結び付きが強まるだろう。

 さらに、日本政府の試算の基になった従来の経済モデルには、過小評価を繰り返してきたという「前科」がある。例えばアメリカ、カナダ、メキシコ間のNAFTA(北米自由貿易協定)は、今回の日本政府と同様のモデルに基づく試算と比べ、最大5倍の経済効果をもたらした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英賃金上昇率、1─3月は前年比6.0% 予想上回る

ワールド

プーチン大統領、16-17日に訪中 習主席と会談へ

ワールド

英当局、国家安保法違反で3人逮捕 香港長官「でっち

ワールド

焦点:ロシア新国防相は「ソビエト的」、プーチン氏盟
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中