最新記事

経済超入門

TPPは「ルールブック」、崖っぷちでも自由貿易が死なない理由

2017年12月27日(水)14時10分
前川祐補(本誌記者)

2017年11月、ベトナムで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)でもTPPが議題に Kham-REUTERS


nweconomicsbook_cover150.jpg<農作物、車など日本国内でも国民レベルで議論が起きるTPP(環太平洋経済連携協定)だが、これから一体どうなるのか。自由貿易協定は今や、関税を撤廃するだけの協定ではない(※『経済超入門 ゼロからわかる経済学&世界経済の未来(ニューズウィーク日本版ペーパーバックス)』より抜粋)>

自由貿易は波乱の渦中にある。過去最大級の自由貿易協定(FTA)であるTPP(環太平洋経済連携協定)が歴史的な大筋合意にいたったのは2015年10月。だがそれから程なくして、TPP構想を牽引してきたアメリカで共和、民主両党の大統領候補がそろってこの協定を猛批判し、交渉相手国を戸惑わせた。アメリカとEU間のTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)交渉をめぐっても、ドイツで大規模な反対デモが発生。アメリカでも反発の動きが高まり、国際貿易そのものが後退しかねない雰囲気が漂った。

大統領選に勝利した後もTPPからの離脱にかたくなにこだわるドナルド・トランプの真意は不明ながら、これまで自由貿易の旗振り役だったアメリカでかつてないほど自由貿易反対の機運が高まったのは驚きだ。ただし、それでも自由貿易の理念が衰退するとは考えにくい。むしろ新興国の台頭に伴い、その重要性は今後さらに増すだろう。

tppchart171227.png

『経済超入門 ゼロからわかる経済学&世界経済の未来(ニューズウィーク日本版ペーパーバックス)』より

世界にはすでに大小合わせて282件のFTAが存在し、交渉中や構想段階のものも約100件ある。これらが相次いで破棄され、自由貿易が過去の遺物になるというシナリオはあまりに非現実的だ。理由はシンプル。FTAは今や関税を撤廃するだけの協定にとどまらない存在だからだ。

新興国市場の成長、複数の国にまたがって活動する多国籍企業は増える一方。共通のルール作りの重要性が増すなか、FTAは関税撤廃だけでなく、企業が世界でビジネスをする際の知的財産権の保護や児童労働の禁止、環境保護などの規制も含めた総合的な「ルールブック」になりつつある。

自由貿易の拡大には先進国による「途上国いじめ」との懸念もついて回る。巨大な資本をもつ外国企業が途上国市場を席巻することで、国内の産業が育たなくなるためだ。

だが、自由貿易の推進は途上国や新興国からの要望でもある。国内企業が相次いでグローバル展開に乗り出している中国などの国々はむしろ、自由貿易の拡大が自国の企業活動にプラスの影響をもたらすと期待しているのだ。実際、中国・杭州で16年9月に開催された先進国と新興国による国際会合「世界20カ国・地域(G20)サミット」でも、自由貿易を促進する首脳宣言が採択されている。

国家間の交渉は水もので、協定締結にいたるとは限らない。日本と韓国のFTA構想は、研究と交渉に5年以上を費やしながら、04年を最後に動きが止まったまま。米欧間のTTIPが完全に頓挫する可能性もある。それでも、自由貿易の理念そのものが衰退することはないだろう。自由貿易を前提にルール作りが行われてきた世界経済にとって、その流れを止めるのはもはやリスクが大きすぎる。

そもそもFTAは、国家間の利益を奪い合うための装置ではない。本来は、力をつけた各国の企業が切磋琢磨するための「土俵」づくりの一環だ。トランプのように、国家間の勝ち負けという視点だけで損得勘定をするような人物には、自由貿易の神髄は理解できないだろうが。

【参考記事】世界を動かすエコノミストたちの成績表、最低評価はあの人...

※この記事は新刊『経済超入門 ゼロからわかる経済学&世界経済の未来(ニューズウィーク日本版ペーパーバックス)』(ニューズウィーク日本版編集部・編、CCCメディアハウス)からの抜粋記事です。


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ前米大統領、麻生自民副総裁と会談=関係者

ワールド

北朝鮮「圧倒的な軍事力構築継続へ」、金与正氏が米韓

ビジネス

中国人民銀、国債売買を政策手段に利用も=高官

ビジネス

米テスラ、新型モデル発売前倒しへ 株価急伸 四半期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 10

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中