最新記事

日本人が知るべきMMT

【解説】日本に消費増税は不要? ケルトンが提唱するMMTは1936年にさかのぼる

2019年7月17日(水)17時10分
ニューズウィーク日本版編集部


07年のアメリカで始まった金融危機が世界に広まるなかで、アメリカ政府は実際にケインズ経済学に立ち戻った。8000億ドルの公金を投じて景気を刺激する一方、金融の総元締めである連邦準備制度を通じた量的緩和策(QE)で民間の金融機関に莫大な資金を供給し、融資の拡大を促した。

それでも第二次大戦後の一時期のように「みんなが潤う」ことにはならなかった。資本主義は万人のために機能せず、貧富の格差は広がるばかり。自由市場は時に残酷だが、政府が救済できるものではなく、そもそも手を出すべきではない。それが市場経済派の変わらぬ主張だ。

そんな敗北主義を認めない経済学者たちが、90年代にたどり着いたのがMMTだ。

アメリカのMMT導入は意外に近い?

MMTでは、独自の通貨を持つ主権国家なら、債務返済に必要な資金を紙幣の増刷でいくらでも調達できるので、債務不履行に陥ることはあり得ないとされる。もしこれが本当なら、消費税を上げて財政健全化を進める必要などなくなる。社会保障の財源も確保できるので、年金だけで生活できないなら足りない分だけ支給額を増やせばいい、ということになる。

MMT推進派のケルトンらが、理論の正しさを裏付ける成功例として挙げるのは「日本」の存在だ。巨額の公的債務を抱えながらも超インフレに見舞われておらず、それどころか現在の物価上昇率は0.7%にすぎない。そんな日本政府は何年も前から実質的にMMTを採用している、というのだ。

夢のような話だが、当然、主流派の経済学者や政治家からは猛反発を受けている。ローレンス・サマーズやポール・クルーグマンといった経済学の重鎮たちは、異口同音にMMTは制御不能なハイパーインフレをもたらす危険性が高いと指摘する。

IMF元主任エコノミストでハーバード大学教授のケネス・ロゴフも本誌特集内の寄稿でMMTのリスクを訴え、「あまりにも長い間物価が低く抑えられてきたせいで、人々はハイパーインフレの恐ろしさを忘れてしまった」と、中央銀行の独立性を脅かす最近の潮流に警鐘を鳴らしている。

日本については、安倍内閣の官房参与も務める米エール大学名誉教授の浜田宏一による反論も、特集に収録した。浜田は「日本の公的債務は一般に思われているほど多くはない」「本当に重要なのは、資産を債務から差し引いた純債務残高だ。この点、日本は莫大な公的資産を保有している」とし、ゲーテの詩を引用しながら、MMTの危険性を訴える。

果たしてMMTは、ポピュリストたちが人気取りのために利用する夢物語でしかないのか。それとも、経済学に革命を起こし、「未来の定説」となるのか。その答えは「やってみなければ分からない」というのが本当のところかもしれないが、ケインズが革命的なアイデアを提起したとき、保守派には彼を危険な過激派と見なす人もいた。

日本では、10月の消費増税が延期される可能性は低いと見られ、安倍政権がMMTの有用性や実施を公に認めることもなさそうだ。だが、もし来年のアメリカ大統領選で民主党の革新的な人物が当選すれば、MMTを「やってみる」時期は意外と早く訪れるかもしれない。

20190723issue_cover-200.jpg
※7月23日号(7月17日発売)は、「日本人が知るべきMMT」特集。世界が熱狂し、日本をモデルとする現代貨幣理論(MMT)。景気刺激のためどれだけ借金しても「通貨を発行できる国家は破綻しない」は本当か。世界経済の先行きが不安視されるなかで、景気を冷やしかねない消費増税を10月に控えた日本で今、注目の高まるMMTを徹底解説します。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-チャットGPTなどAIモデルで

ビジネス

円安、輸入物価落ち着くとの前提弱める可能性=植田日

ワールド

中国製EVの氾濫阻止へ、欧州委員長が措置必要と表明

ワールド

ジョージア、デモ主催者を非難 「暴力で権力奪取画策
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中