最新記事

世界経済

インフレ抑制のために景気後退を歓迎する論者の愚かさ

WORLD ECONOMY

2022年12月23日(金)10時25分
ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授)

ILLUSTRATION FROM PROJECT SYNDICATE YEAR AHEAD 2023 MAGAZINE

<なお続く新型コロナとウクライナ戦争、そして金利引き上げによる経済減速に政策決定者が適切に対応できなければどうなるか>

古くから、経済学は「陰鬱な科学」と呼ばれてきた。2023年はその真価を発揮する年になりそうだ。

いま世界経済は、私たちのコントロールが及ばない2つの激動に見舞われている。

1つは、次々と新しい変異株が出現する新型コロナウイルス感染症だ。とりわけ中国は、欧米の有効なワクチンを国民に接種できていないことが主たる原因で、この感染症にうまく対処できていない。

もう1つは、ロシアによるウクライナ侵攻だ。この紛争は収束の兆しが見えないばかりか、戦闘がエスカレート・拡大する可能性もある。

エネルギー・食料相場の混乱はほぼ避け難い。しかも、各国の政策決定者たちの対応のせいで、状況がいっそう悪化しても不思議でない。

最大の懸念材料は、アメリカの中央銀行であるFRBが早期に、そして大幅に金利を引き上げすぎる可能性だ。

今のインフレの主たる要因が供給不足であることを考えると、利上げは逆効果になりかねない。金利が上昇すれば投資が冷え込むため、食料やエネルギーの生産が増えることは期待できない(そもそも、供給不足は一部で解消され始めている)。

金融引き締めは、世界経済を減速させる恐れもある。

一部の論者は、インフレ抑制策が経済的な痛みを伴うのはやむを得ないと言い、景気後退を歓迎するかのようなことを述べている。このような論者は、病気の害よりも薬の害のほうが大きい可能性を考えてもいないようだ。

FRBの金融引き締めの影響は、早くも世界に波及しつつある。アメリカは、21世紀版の近隣窮乏化政策を実践していると言っても過言でない。ドル高はアメリカのインフレを抑制する上では効果的だが、それと引き換えに、ほかの国々は通貨安に見舞われてインフレが加速する。

そこで、経済状態の悪い国も利上げせざるを得なくなる。そうなると、それらの国ではますます景気が冷え込む。

実際、金利上昇と通貨安とグローバルな景気後退により、いくつもの国が既に債務不履行の瀬戸際に追いやられている。

金利上昇は、企業と家計にも大きな負担を課すだろう。14年間続いてきた超低金利時代の下、多くの国家、企業、家計が過剰な債務を抱え込んでいるためだ。

経済が脆弱な国々は、特に厳しい状況に陥る。そのような国では、ポピュリスト政治家が国民の怒りと不満をあおることが容易になる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは155円半ばで一進一退、一時円高へ

ビジネス

味の素、発行済み株式の2.44%・500億円上限に

ビジネス

日本製鉄、今期事業利益は前年比25%減の見通し 市

ワールド

中国銅輸入、4月は前月比‐7.6% 価格上昇で需要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中