最新記事

ダークネット

やわらかな日本のインターネット

社会学者の鈴木謙介氏による『闇(ダーク)ネットの住人たち』解説より、ネット社会の思想と日本の状況について

2015年8月31日(月)16時00分

Badmanproduction - iStockphoto.com

 8月半ば、既婚者向け出会い系サイト「アシュレイ・マディソン」から大量の会員情報を盗んだハッカーたちは、通常のブラウザではアクセスできない「ダークネット」にその情報を公開した。

 ダークネットとは何か。まさにデジタル裏社会ともいえるそこには、荒らしからポルノ製作者、麻薬の売人、政治的過激派、コンピュータ科学者まで、さまざまな"住人"が存在する。一般の人が関わりを持つことは普段はないかもしれないが、アシュレイ・マディソンの一件でわかるように、実はきわめて身近な世界でもある。

 英シンクタンクDemosの研究員であるジェイミー・バートレットは、その驚くべき世界の奥深くまで入り込み、取材して『闇(ダーク)ネットの住人たち デジタル裏世界の内幕』(ジェイミー・バートレット著、星水裕訳、鈴木謙介解説、CCCメディアハウス)にまとめ上げた。

 先週末に刊行されたばかりの本書から、ネット文化に詳しい社会学者の鈴木謙介氏(関西学院大学社会学部准教授)による解説「やわらかな日本のインターネット」を抜粋・転載する。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『闇(ダーク)ネットの住人たち――デジタル裏社会の内幕』
 ジェイミー・バートレット 著
 星水 裕 訳
 鈴木謙介 解説
 CCCメディアハウス

◇ ◇ ◇

2003年のダークネット

 いま私の手元には、とある出版社が発行していた「2ちゃんねる」に関するムックがある。発行されたのは2003年というから、ちょうどインターネットがADSLの普及によって「常時接続」の時代に入り、また携帯電話(スマホではない)がインターネット接続端末として利用されるようになっていた頃だ。

 アダルト系雑誌も扱っていた出版社のムックということもあって、体裁はいわゆる「素人投稿写真もの」のようなアングラっぽさが漂う。グラビアページには「歌舞伎町24時」、「廃墟を歩く」といった、2ちゃんねるはおろかネットにすら関係のない記事も並んでいるが、要するにこの時代、2ちゃんねるは歌舞伎町と同じくらい「あやしい」存在だったわけだ。

 実際、中を読んでみるとそこには「業界裏情報」、「ハッキング」、「少年による犯罪予告」などのアンダーグラウンドを想起させる記事があり、ライターや社会学者らが解説を寄せている。あるいは「オフ会で異性を落とす方法」だとか「マスコミが語らない真実がネットにある」といった記事も。「ネットを見れば、そこには私たちの知らないカオスな世界が広がっているのだ」という、いま振り返ると相当に素朴な世界観が、そこには体現されている。

 最初にこうした昔話をしたのは、本書が、そのような「アングラレポートもの」とは趣旨の異なる、したがって「怖い世界があるのだなあ」という素朴な感想では済まされない意義を持っていることを強調するためだ。確かに本書は「ダークネット」にアクセスする人々の生の声を、ネット上だけでなく実際に面談して聞き取り調査している点にもっとも大きな特色があるが、少なくとも日本の状況との違いを知るためには、いくつかの背景情報を押さえておく必要があろう。

地下経済と「強い思想」

 本書では、ダークネットにおける支払いの手段としてビットコインがしばしば登場する。ビットコインについては、日本でも2014年に、大手取引所のマウント・ゴックスが取引停止に陥ったことで知られるようになったが、現実の通貨を裏付けにもつ電子マネーとはまったく異なり、ネット上で生み出される「電子コイン」だ。その詳細は本書の第3章で述べられているが、重要なのは、ビットコインでの取引がいわゆる「地下経済取引」を可能にしただけでなく、政府による通貨発行の独占も課税もない、文字通りの「自由経済」をも生み出すということだ。むろんそれは、自由であるが故に誰にも守ってもらえない、映画『マッドマックス』さながらの世界でもあるのだが。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU、中国製ブリキ鋼板の反ダンピング調査開始

ワールド

イスラエルはガザ停戦努力を回避、軍事解決は幻想=エ

ワールド

「英国を再建」、野党・労働党が選挙公約 不法移民対

ワールド

マレーシアGDP、第1四半期は前年比4.2%増 輸
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中