最新記事

日本

「悲しいとかないの?たった一人のお兄さんやろ?」──不仲だった兄を亡くした

2020年4月2日(木)11時15分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

写真はイメージです recep-bg-iStock.

<こじれた肉親との関係をどのように終(しま)えばよいのか。宮城県警塩釜警察署からの電話で兄の死を知った、関西在住のエッセイスト/翻訳家、村井理子氏の物語(後編)>

エッセイストとしても活躍する翻訳家の村井理子氏は、長年、不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった。

いつかこんな日が来るのは分かっていた。しかし、実際にその日がやってきたとき、こじれた肉親との関係をどのように終えばよいのか。

近刊の書き下ろしエッセイ『兄の終い』(CCCメディアハウス)には、村井氏と兄の元妻が協力し合って兄を弔い、その身辺を片付けていく5日間の奮闘が描かれる。怒り、泣き、ときには少し笑ったりしながら、ずっと抱き続けてきた複雑な感情を整理していく。

2回に分けてその冒頭を抜粋し掲載する連載の後編。

※前編:不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった──複雑な感情を整理していく5日間から続く。

◇ ◇ ◇

DAY ONE 宮城県塩釜市塩釜警察署

■「たった一人のお兄さんやろ?」

自宅の最寄り駅から京都行きの始発電車に乗り、ここ数日のできごとについて考えていた。「お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました」という、塩釜署の山下さんの言葉が、何度も脳内で再生された。その特徴的な東北訛りが耳にしっかりと残っていた。

山下さんは、遺体引き取り時に必ず持ってきて欲しいと、死体検案書について私に念を押していた。

「葬儀屋さんに、検案書の取得と代金の立て替えを依頼できるはずです。いちど確認してみてください。遠方からお越しですから時間を無駄にすることがないように、こちらも短時間でお引き渡しできるようすべての書類は準備しておきます」と、塩釜警察署に運び込まれる遺体の引き渡しに慣れているという葬儀社二社を教えてくれた。

つまり塩釜署は、一刻も早く私に遺体を引き渡したい。しかし、引き渡された私はいったいどうすればいいのか。

たった一人で塩釜に向かうだけでもハードルが高いのに、いきなり兄の遺体を引き渡されて、どうしろというのだ? 兄は身長が百八十センチほどの大柄な男だった。あんなに大きい男(それも遺体)、どうやって運ぶの? いきなり斎場? えっ、まさかの喪主?

山下さんは、「これから先、ご遺体の状態が悪くなることも予想されます。お兄様との対面ができない可能性もあります。その点、どうぞ、ご理解ください」と、申しわけなさそうに言った。

大きいうえに状態が悪いとか、本気で勘弁して欲しい。

塩釜署の山下さんとの電話を切った私は、完全にうろたえた。年老いた親戚の顔を次々と思い浮かべ、いったい誰が塩釜まで兄を見送りにやってくるのだと笑いたい気持ちになった。

父が死んで三十年、東京近郊に住む父方の親戚とはほとんど交流がない。母も五年前に他界し、母方の親戚とも滅多に連絡を交わさない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ドル155円台へ上昇、34年ぶり高値を更新=外為市

ビジネス

エアバスに偏らず機材調達、ボーイングとの関係変わら

ビジネス

独IFO業況指数、4月は予想上回り3カ月連続改善 

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中