最新記事

日本

「悲しいとかないの?たった一人のお兄さんやろ?」──不仲だった兄を亡くした

2020年4月2日(木)11時15分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

「こんなことで連絡するなんて本当に残念なんだけど......」と言う私に、加奈子ちゃんは以前と変わらずハキハキとした声で、「本当にね」と答えた。

加奈子ちゃんは、兄よりは十歳以上年下だった。美しく、頭の回転がとても速い人だ。兄と離婚したのは七年前で、兄が故郷から宮城県に越してくる年のことだった。

「それで、良一君の様子は聞いた?」

「ある程度は聞きましたよ。元気だそうだけど、あまり話をしないって......」

「そりゃあね......。本当に申しわけないんだけど、私、塩釜に行けるの五日なんだよね」

「私も仕事あるし、良一に会おうと思ったら理子ちゃんが来てくれないと、いずれにせよ無理みたいで。あの人に親権があったから、良一に会うには、親類の立ち会いがいるみたいなんですよね。とにかく、私も塩釜署に行きますね」

兄と加奈子ちゃんが離婚したとき、上の子どもたちの親権を加奈子ちゃんが、そして末っ子の良一君の親権を兄が持った。その経緯について、私は詳細を聞いていなかった。しかし電話の声から、加奈子ちゃんが一刻も早く良一君を迎えに行きたい気持ちでいることは強く伝わってきたし、彼女の心情は痛いほど理解できた。

「とにかく、京都発の始発の新幹線に乗って塩釜に向かうから。塩釜署の前でお昼前ね」

「了解です。それじゃあ、気をつけて」

「ねえ、兄ちゃんの最期の様子、警察から聞いた?」

「いや、詳しくは......」

「脳出血だったらしい。かなり汚れているみたい」

「......」

加奈子ちゃんが塩釜署まで来てくれることがわかって、うれしかった。

兄とはすでに離婚している彼女が、兄の遺体の引き取りに立ち会う義理などこれっぽっちもない。それでも、そのときの私は、「斎場に直接来てくれればいいよ」と加奈子ちゃんに言ってあげることができなかった。誰かに、そこに一緒にいて欲しかったからだ。

次に連絡を取ったのは、良一君が保護されている児童相談所の担当職員の河村さんだった。調べてこちらから電話をかけた。

電話に出た女性に事情を説明すると、数分の保留ののち、河村さんが電話に出てきた。穏やかに、丁寧に話をする男性だった。

「お電話くださってありがとうございます」と河村さんは言うと、良一君の様子を教えてくれた。落ちついてはいるけれど、兄の話になると口をつぐんでしまうような状態だそうだ。

「葬儀の日程はお決まりでしょうか。できれば良一君を斎場までお連れして、お父さんと最後のお別れをさせてあげたいとは思っているのですが......」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中