最新記事

建築

感染症はライフスタイルと共に都市と建築のデザインも変える

The Post-Pandemic Style

2020年5月22日(金)18時00分
バネッサ・チャン

ル・コルビュジエの「サボア邸」(1931年) THIERRY PERRIN-GAMMA-RAPHO/GETTY IMAGES

<コレラや結核、インフルエンザが近代建築を生んだように、新型コロナも新たな都市空間をつくり出すはずだ>

今、世界各国のスーパーマーケット前の歩道には2メートルおきに線が引かれ、マスクをした買い物客が並んでいる。屋内の施設は大半が閉鎖され、人々は公園や海岸といった屋外に行き場を求めている。

新型コロナウイルスの感染拡大で、都市空間との関わり方がいきなり変えられ、移動範囲も一時的とは言え狭められてしまった。住み慣れた都市が見知らぬ街へと変わってしまったかのようだ。

だが感染症はこれまでも、建築やデザイン、都市計画を通して人間の暮らす場所のありように大きな、そして長期的な影響を与えてきた。例えば20世紀のモダニズム建築は、コレラや結核、インフルエンザの大流行を経験し、デザインこそ過密な都市で発生する感染症への処方箋だと考えた建築家たちが担い手だった。感染症による痛みが都市の新たな姿を生むのは、現代でも変わらないはずだ。

昔の人にとって、感染症の流行は身に迫った危険だった。1918~20年のインフルエンザ(スペイン風邪)のパンデミック(世界的大流行)では5000万人近くが命を落とした。コレラのパンデミックは19世紀から20世紀にかけて6回発生し、数百万人が死亡した。

結核も長らく死に至る病として恐れられていたが、1882年に結核菌が発見され、欧米ではサナトリウム(療養所)療法が盛んになった。結核患者を収容し、治療、隔離するためにデザインされたサナトリウムでは、衛生面と採光、通風が重視された。

清潔求めミニマリズムへ

病を癒やすこうした環境が、モダニズム建築の発想のもとになった。スイスの建築家ル・コルビュジエは、光に満ち、風が通る住宅でなければ居住には適さないと述べた。

モダニズムは1920年代から70年代にかけて建築界の主流となった。特徴は、形の純粋さと厳密な幾何学的構造、近代的な素材、装飾の排除といったデザイン上の原則だが、背景には20世紀前半の大きな戦争や感染症の流行が残した傷があった。凹凸が少なく清潔な建物はサナトリウムのように、病気やトラウマから住む人を守るためのものだ。

アドルフ・ロースやアルバー・アールトに代表されるモダニズム建築家たちは、病気や汚染から物理的にも象徴的にも守られた癒やしの環境を設計した。窓周りの装飾を排した「ロースハウス」は、ロースのミニマリストとしての考え方を体現していたが、当時のウィーンでは簡素過ぎるデザインが物議を醸した。

ル・コルビュジエは不要なものやじゅうたん、重い家具を家から排除し、壁や床が見えるようにすべきだと主張した。また、白塗りの家々が立ち並ぶシンプルな都市を構想し、そこでは「汚れた物陰などなく、全てがありのままに示される。そうすれば内面もきれいになる」と説いた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は大幅反落800円超安、前日の上昇をほぼ帳

ビジネス

焦点:国内生保、24年度の円債は「純投資」目線に 

ビジネス

ソフトバンク、9月30日時点の株主に1対10の株式

ビジネス

ドイツ銀、第1四半期は予想上回る10%増益 投資銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中