最新記事

人生を変えた55冊

「別の国、人種、セクシャリティーの本で孤立の時代に共感を」デービッド・ピース

2020年8月11日(火)16時35分
デービッド・ピース(作家)

ULF ANDERSEN/GETTY IMAGES

<『Xと云う患者 龍之介幻想』『TOKYO YEAR ZERO』などで知られ、日本との縁も深いイギリスの作家デービッド・ピース。欧米と異なる中国文学・日本文学の伝統から、彼自身の読書の「経験則」まで、自らを作った5冊の紹介と絡めて語った。本誌「人生を変えた55冊」特集より>

大きな影響を受けた記憶がある最初の本といえば、ロアルド・ダールの『すばらしき父さん狐』だ。今から思えば興味深いことに、読んですぐに自分なりのバージョンの物語を作りたいと感じた。7歳か8歳だった私は完全なパクリ作品を書き、セロテープで表紙を付けて本にした。


『すばらしき父さん狐』
 ロアルド・ダール[著]
 邦訳/評論社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

私にとって「私を作った本」とはこれまでずっと、夢中で読んだだけでなく、書きたいと思わせてくれた作品だ。その始まりがこの物語だった。
2020081118issue_cover200.jpg
作家として大きな影響を受けたのは芥川龍之介の短編小説だ。1994年に来日後、新宿の紀伊國屋書店で「羅生門」を含む英訳版の短編集を見つけた。帰宅途中の電車で「藪の中」を読んだことを覚えている。犯罪事件を複数の視点から語り、真相についての判断は読者に任せる──こんなすごい作品には出合ったことがなかった。


『羅生門』
 芥川龍之介[著]
 新潮社ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

芥川の人生をテーマにした自著『Xと云う患者 龍之介幻想』(邦訳・文藝春秋)の取材中、彼の子供時代の中心にあったのは本と読書だったこと、伯母が読み聞かせをしていたことを知った。中国と日本の古典や伝説だ。芥川はそうした物語を取り上げて語り直した(「羅生門」も「藪の中」もそうだ)。

欧米には一般的に、個性や独創性に対する過剰なまでのこだわりがある。だが既存の物語を伝え、語り直す中国文学や日本文学の伝統は素晴らしいと思う。世界文学の中で芥川はあまりに過小評価されている。しかし私の著作やその構成は間違いなく、彼の作品に影響されている。

50年代後半から60年代前半の怒れる若者たち世代の作家にも刺激された。そのうち何人かは私と同じく、イングランド北部ウェスト・ヨークシャーの出身だった。

私の著書『ダムド・ユナイテッド』は、その1人であるデービッド・ストーリーの小説『ディス・スポーティング・ライフ』(邦訳なし)へのオマージュだ。彼は炭鉱労働者の家庭で育ち、プロのラグビー選手だった。その一方でロンドンの美術学校で学び、本を書いたのだから素晴らしい。

最も好きな小説を選ぶのはいつでも難しい課題だが、どうしてもと言われたら、ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を挙げる。コミカルで悲劇的で、詩的で、極めて倫理的。想像力が生み出した圧倒的な作品だ。


『巨匠とマルガリータ』
 ミハイル・ブルガーコフ[著]
 邦訳/岩波書店

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

【関連記事】東野圭吾や村上春樹だけじゃない、中国人が好きな日本の本

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

コメルツ銀、第1四半期は29%増益 通期の純金利収

ビジネス

ブラックロック、インドに強気 国債ETFのシェア拡

ビジネス

日経平均は小幅続伸、米CPI控え持ち高調整 米株高

ビジネス

午後3時のドルは小幅安156円前半、持ち高調整 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中