孤独な男と「謎の宇宙グモ」の友情に、まさか涙するとは...映画『スペースマン』の奇怪な魅力
A Far-Out Drama
一方、ヤクブの妻レンカを演じたマリガンは、結果として宝の持ち腐れ。前作『マエストロ:その音楽と愛と』で濃密な演技力を見せつけたばかりなのに、本作では「膨らみかけたおなかに当てた手を離せない不安げな妊婦」という救い難く退屈な役柄に甘んじている。
本作の序盤で、レンカは夫に宛てたビデオメッセージを録画し、涙ながらに「もう別れましょう」と訴える。しかしヤクブを任務に集中させたい司令官のトゥマ(ロッセリーニ)は、そのメッセージを送信させない。こうなると、もはやヤクブが聞ける人間の声は管制センターに陣取る通信技術者の事務的な声だけ。むろん、孤独が身に染みる。
扉の向こうにいたのは8つの目を持つ謎の生物
そんなある日、ヤクブは宇宙船内の食料保管庫につながる扉を開いた。すると、そこに待っていたのは8つの目を持つ巨大なクモのような生物。
どうせ孤独と不安にさいなまれた男の見た絶望的な幻影だなと、誰もが思うところだが、そうではない。人類よりも早くから宇宙空間で生きてきた賢いクモは、ヤクブと同様にリアルな存在だ。
それに気付いたヤクブは、有名な「プラハの天文時計」の製作者とされる伝説の時計職人の名にちなみ、このクモをハヌーシュと名付ける。
宇宙グモのハヌーシュはヤクブの精神状態を気遣い、彼の抑圧された幼少期の記憶を探り、もっとありのままの自分をさらけ出すよう促す。最初はそのなれなれしさに圧倒されてハヌーシュを敬遠していたヤクブも、徐々にハヌーシュを受け入れ、その助言に耳を傾けるようになる。
ハヌーシュの過去は明かされない。彼はずっと昔から存在していたと言うのだが、永遠の命があるわけでもないらしい。自分のいた惑星はずっと前に破壊されたと言うが、どんな惑星だったのか、なぜ滅びたのかは不明だ。どうやって宇宙を漂い、宇宙船に入り込んだのかも明かされることはない。
それでもダノの静かな声と、低予算とはいえ巧みなCG映像が功を奏し、ハヌーシュはその一風変わった行動で観客の記憶に残る。例えば、彼は宇宙船の食品庫に保管されているヘーゼルナッツペーストが大好物。「故郷の惑星で食べていた幼虫を思い出す」らしい。また、彼はヤクブを「痩せ人間」と呼ぶのだが、実際のヤクブは典型的な「おじさん体形」だ。