最新記事

禁断の医療

違法の「幻覚キノコ」が不安・鬱を和らげる──米で研究

2018年2月28日(水)16時05分
ダグラス・メイン

これらの研究結果は、末期癌などの患者の不安に対処する画期的な治療につながる可能性があるとして、著名な心理学者たちに高く評価されている。将来的には健康な人の不安を改善する薬としての利用もあり得ると、グリフィスは期待している。

「研究の質の高さ、また欧米の精神医学界の名だたる権威がこれらの研究を強く支持していることから、シロシビンの利用に懐疑的な向きも納得する」はずだと、インペリアル・カレッジ・ロンドンの神経精神薬理学者デービッド・ナットは言う。

とはいえ、鬱や不安の対処法としてシロシビンを含むキノコを食べる家庭療法は奨められない。第一、シロシビンはアメリカではスケジュールⅠの規制薬物に指定されている。医療的価値がなく、乱用の危険性が高いとDEAが見なした薬物で、所持は違法だ。

臨床試験では、精神疾患の病歴がないか事前にチェックした上で、慎重に管理された状況で投与された。シロシビンを不用意に用いれば深刻なリスクを伴うと、ロスは警告する。

いずれの試験でも長期の副作用は認められなかった。ごく少数の患者が一過性の吐き気や頭痛を訴えただけだ。

半世紀前に戻って再スタート

癌患者を対象にしたのは、彼らの不安に対処する有効な治療法がないから。癌患者の最大40%に気分障害の症状がみられる。不安や抑鬱状態は癌そのものの治療にも悪影響を及ぼす。

シロシビンの効果が長持ちする理由はよく分からないが、ヒントはある。シロシビンは重要な神経伝達物質であるセロトニンの受容体と結び付く。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームが磁気共鳴映像法(MRI)を使って行った実験では、脳全域のニューロンの活動が変化し、通常なら連携することのない脳の異なる領域同士がつながることが分かった。シロシビン投与で患者が経験する変化も、これで説明できるかもしれないと、グリフィスはみている。

シロシビンは依存症の治療にも有効かもしれない。ジョンズ・ホプキンズ大のチームが14年に発表した小規模の研究では、シロシビン投与で15人の喫煙者のうち12人が禁煙に成功し、半年後もたばこを断っていた。ほかの禁煙法に比べ、非常に高い成功率だ。

キノコからシロシビンを分離し、合成することに最初に成功したのは、LSDの発明で知られるスイスの化学者アルバート・ホフマンだ。ホフマンの発見の前後、50、60年代には欧米で幻覚剤を使った研究が盛んに行われた。

しかし反体制派やヒッピーが医療以外の目的で幻覚剤を乱用したことが社会問題となり、米政府は68年にLSDの使用を禁止。幻覚剤の医療効果を調べる研究は全て打ち切られた。

「精神医学、腫瘍医学における幻覚剤の有効性をきちんと検証すべき時期に来ている」と、ナットは言う。「われわれ研究者はタイムマシンで50 、60年代に戻って再スタートしなければ」

180306cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版2月27日発売号(2018年3月6日号)は「禁断の医療」特集。頭部移植から人体冷凍まで、医学の常識を破る試みは老化や難病克服の突破口になるのか。それとも「悪魔との取引」なのか。この記事は特集より>

【参考記事】「若い血を輸血して老化を防止」事業者に聞いた「効果ある?」

【お知らせ】
ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮情勢から英国ロイヤルファミリーの話題まで
世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

原油先物は下落、米在庫増で需給緩和観測

ワールド

米連邦裁判事13人、コロンビア大出身者の採用拒否 

ビジネス

円安はプラスとマイナスの両面あるが今は物価高騰懸念

ビジネス

米インフレ、目標上回る水準で停滞も FRB当局者が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中