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カルチャー

社会は女性を信じるか──34年前と変わらない、21世紀の現実

2019年10月08日(火)20時00分
トゥファエル・アフメド

    「証拠」という意味を持つ本作の題名と3人の語り手の存在は、女性の証言が持つ意味と、社会は女性を信じるかという問題を想起させる。

    「#MeToo運動」を支えたのは、大物映画プロデューサーのハービー・ワインスティーンや米最高裁判事となったブレット・キャバノーら権力者である男性の性的暴行や不適切行為を告発した女性たちの証言だ。本作でも3人の女性がギレアデの恐怖について証言する。

    視点が複数あるのは、ワインスティーンらから性被害を受けたという女性の体験談が公になるまで、あるいは真剣に受け止められるまでに何年かかったか、そこに至るまでに何人の女性の証言が必要だったかという点をも示唆していると考えられる。

    本作は2人の語り手による証言の記録と、もう1人の語り手が一人称で書く手記からなる。 ギレアデの抑圧的体制の最盛期に、彼女たちの言葉に耳を傾ける者やそれを信じる者がいたか。答えはノーだろう。

    【参考記事】『ジョーカー』怒りを正当化する時代に怒りを描く危うい映画

    さらに3人の証言は食い違う場合もあり、どこまで信頼できるか、読者は疑問を抱くことになる。キャバノーを告発した大学教授クリスティーン・フォードが直面した現実と似た状況だ。

    1985年刊行の『侍女の物語』と同じく、『ザ・テスタメンツ』も女性の性と生殖の権利に焦点を当てる。ギレアデでは 妊娠可能な女性が不妊夫婦の子供を産むことを強制され、人工妊娠中絶が禁止されている。これらのテーマが時代遅れになる未来を望んだが、「歴史がたどった道は違った」と、アトウッドは続編についてのインタビューで語っている。

    アメリカでは近年、中絶を制限しようとする動きが数州で進んでいる。中絶を選ぶ権利を認めた73年の「ロー対ウェード」判決を覆すかのような展開だ。

    さらに『ザ・テスタメンツ』は、移民と国境の問題も浮き彫りにする。特に現実とリンクするのが難民の拒絶だ。迫害を受けたギレアデ市民はイタリアやニュージーランドやドイツへ逃れようとするが、いずれの国も受け入れに消極的。「国境を閉じろ」というおなじみのせりふも登場し、アメリカとメキシコの国境問題を想起させる。

    虚偽がはびこる時代に

    共犯者としての女性の存在も読み取ることができる。現実世界と同様 、『侍女の物語』や『ザ・テスタメンツ』に登場する女性全員が英雄であるわけではない。女性が男性に従属し、読み書きを禁じられた世界では、女性を服従させておとしめる体制に協力するリディアおばのような女性も出てくる。

    本作ではリディアの過去が詳しく語られ、支配者側につく決断をした理由が明らかになる。「石を投げ付けられる側より、投げ付ける側になるほうがまし。生き残るチャンスを考えれば、そのほうがまし」。それがリディアの理屈だ。

    これはアメリカの現状に対する痛烈な指摘と受け止めていいだろう。この国では今、政権の中枢に大統領の娘であるイバンカ・トランプがいるにもかかわらず、女性の性と生殖に関する権利が当然のものと見なされなくなっている。

    【参考記事】この映画を見て腹が立つなら自問したほうがいい。黒人と白人の友情が直面した現実

    先頃、英紙タイムズに掲載されたインタビューでアトウッドは、人脈と影響力を持つイバンカが「時機を見て各国の女性の力になろうと」しているのではないかと問われ、こう答えた。「彼女は人助けに関心などない。自分のお金と立場を守ることに関心があるだけ」。まさにリディアおばと同じだ。

    現代に生きる私たちの脳裏には、「フェイクニュース」という言葉が焼き付いている。虚偽情報や対メディア攻撃は『侍女の物語』と『ザ・テスタメンツ』における全体主義体制の繁栄の源。事実に基づかない大統領の発表と記者やテレビ局への攻撃が繰り返されるアメリカで、これはあまりに身近な話だ。

    加速化するこの風潮を、アトウッドはある登場人物のせりふを通じて巧妙に風刺しているのではないか。その人物は言う。「ギレアデのニュースによれば、それは完全なフェイクだ」と。

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