最新記事

米大統領選

トランプはプーチンの操り人形?

2016年7月29日(金)23時30分
マクシム・トルボビューボフ(米ウッドロー・ウィルソン・センター/ケナン研究所上級研究員)

 政敵や無所属の政治家、歌手やアーティストに至るまで、プーチンに批判的とみなされれば誰でも、国営メディアにロシアの敵の操り人形だと非難する。ロシアでは日常茶飯事の光景だ。

 輪をかけて皮肉なのは、プーチン自身は、トランプのことを気にかける素振りをほとんど見せていないことだ。プーチンはトランプを「派手な人物だ」と評し(それをトランプは「天才」と解釈した)、米ロ関係を修復するというトランプの構想を歓迎しただけだ。

 一方、ロシア政府が民主党の大統領候補に指名されたクリントンに腹を立てているのは明らか。プーチンは2011年、ロシア下院選の公正性に当時のクリントン国務長官が疑念を呈した際、「彼女はロシアの俳優をアメリカに同調させるような、政治的な合図を送った」と言った。自らの出身のKGBの活動になぞらえて、クリントンは「スパイ活動」に関わっていると非難したという。

 クリントンがロシアによるウクライナへの軍事介入を「1930年代にナチス・ドイツのヒトラーがやったことと同じ」だと発言したときには、「非礼極まりない発言だ」と不快感を露わにした。

 民主党のメール・サーバーに侵入したハッカーを追跡できれば、ロシア政府の関与の有無が明らかになる。FBIも最近、本格的な調査に乗り出していることを初めて認めた。

 複数の専門家は、仮にロシアがハッカー攻撃とメールのリークに関与していたとしても、ロシアの目的はトランプを支援することではなく、あくまでクリントンへの報復だったはずと指摘する。

ロシアにも危険過ぎるトランプ

 一方、米ケナン・インスティチュートのマシュー・ロジャンスキーは、トランプのようなポピュリスト政治家の躍進に乗じ、ロシア政府がヨーロッパで繰り広げてきた「挑発行為」をアメリカ本土に拡大させてきた可能性もあるとニューヨーク・タイムズ紙に指摘している。

 確かにロシアの政治エリートはトランプ寄りかもしれないが、モスクワの外交政策アナリストであるウラジミール・フロロフは、ロシアの基準に照らしても、トランプはあまりに破壊的すぎると言う。トランプの政策が実現されれば各地で紛争が起き、核兵器の拡散につながるかもしれず、ロシアの国益にも合わないからだ。

 少なくともロシアは、プーチンがトランプの支持者だとアメリカ人に信じ込ませることに成功した。それだけでも、アメリカ政治に対する不信を掻き立てるには十分だ。アメリカの、特にリベラル系のメディアには、「操り人形」や「スパイ」などの見出しが躍るようになった。

 ロシアの権力者は、アメリカの大統領選挙で両陣営が罵り合うのを観察するのが大好きだ。ずっと「アメリカのスパイ」に悩まされてきたロシアとしては、アメリカでスパイ騒ぎが大きくなるのはさぞ痛快だろう。

This article first appeared on the Wilson Center site.
Maxim Trudolyubov is a senior fellow at the Kennan Institute and editor at large with Vedomosti.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中