最新記事

アフリカ

ボツワナ独立50年──アフリカ型成功モデルの終焉?

2016年9月29日(木)21時04分
ジェームズ・カーバイ(豪ラ・トローブ大学博士課程)

Jim Young-REUTERS

<南アをはじめとするアフリカの強国に周囲を囲まれて独立した弱小国ボツワナ。誰もが少数白人支配の嵐に飲み込まれると思ったが、人種間平等と民主主義の下、経済的繁栄を遂げて国際社会の寵児になった。しかし今では......> 写真は、ホワイトハウスにバラク・オバマ米大統領を訪ねたボツワナのイアン・カーマ第2代大統領(2009年)

 アフリカ南部のボツワナ共和国がイギリスから独立してから9月30日で50年。この内陸の小国は独立以来、アフリカ大陸の成功モデルとみなされてきた。政治的に安定し、民主的に選ばれた政府の下、著しい経済成長を遂げてきたからだ。

 ボツワナという国とその歴史に関する魅力が詰まった新作映画『ア・ユナイテッド・キングダム』が間もなく公開される(イギリスで11月25日公開予定、日本公開は未定)。ストーリーは独立の15年以上前、ボツワナがベチュアナランド保護領と呼ばれていた時代までさかのぼる。ングワト族の王子だったセレツェ・カーマと、白人のイギリス人女性ルース・ウィリアムズの結婚から展開する、実話に基づくラブストーリーであり、ボツワナのサクセスストーリーだ。

 当時アパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていた隣国の南アフリカは、2人の結婚に激怒。南アフリカで資源採掘の利権を得ていたイギリスに対し、セレツェの王位を剥奪するよう圧力をかけた。対立を望まなかったイギリスは、1950年にセレツェをイングランドに亡命させた。ボツワナへの帰国が許されたのは56年、王位の継承権を放棄した後だった。

【参考記事】「イギリス領に戻して!」香港で英連邦復帰求める声

 セレツェは1960年代初頭に政党を立ち上げ、65年にベチュアナランド民主党を率いて議会選挙で圧勝。翌年の66年にイギリスから独立を果たす。

 本作の公開が決まったボツワナは今、喜びに沸いている。だが同時に、歴史的な文脈に立ち返って事実を検証し、アフリカの成功者としてのイメージが、果たして現代のボツワナにも当てはまるのかどうかを問いただすべき時でもある。

小国ボツワナの誕生

 ボツワナは地政学的にも経済的にも、植民地支配から独立した国のなかの弱小国だった。内陸に位置するため、国境の南を南アフリカ、北西を南西アフリカ(現在のナミビア)、東を南ローデシア(同ジンバブエ)、北を北ローデシア(同ザンビア)に囲まれている。南アフリカは、気に入らないことがあればいつでも経済制裁や国境侵犯を通じてボツワナに脅しをかけることができた。

 ところがセレツェは、人種による隔たりのない民主主義の下、国家の安全と繁栄を実現してみせた。まだ若く力もない国が掲げるには荷が重すぎる理想かとも思われた。だがすぐに、理想こそがこの国にとって最も価値ある資産であることが判明した。

【参考記事】中国の植民地主義を黙認した日本の失点

 高潔で誠実な人柄が認められ、セレツェは多国間や二国間の外交で成功を収めた。次第にボツワナは、援助する価値がある国とみなされるようになった。南部アフリカ地域の共同開発を目指した広域連携のまとめ役まで買って出るまでになった。

成功に導いたセレツェの戦略

 セレツェの論理はシンプルだった。アパルトヘイトは、南部アフリカ地域では多民族主義は成り立たないという前提に基づいている。平和的にこれと対抗するには、ボツワナが多民族主義の成功例を提示する必要がある。援助を受ければ受けるほど、成功に邁進した。成功すればするほど、アパルトヘイトのイデオロギーは弱体化した。

 そうした姿勢に最も感銘を受けたのがアメリカだ。外交官や政治家、学者、反アパルトヘイトの活動家らを大いに刺激した。その後の十年で、ボツワナは国民1人当たりで最大の援助をアメリカから受けるようになった。

 指導力と政策立案能力も成功の重要な要素だった。最たる例が、同国でのダイヤモンド採掘ブームを最大限に活用したボツワナ政府マネジメント能力だ。

 ボツワナの躍進は誰の目にも明らかだったが、安全保障は何十年も得られなかった。同国は反アパルトヘイト闘争の拠点にしないことを条件に難民を受け入れていた。だが1977年にボツワナ防衛軍を設立するまでは、南アフリカや内戦が勃発した隣国ローデシアから逃れた活動家を追ってくる両国から武力攻撃を受けても、反撃さえできなかった。

 欧米から寄せられる深い同情だけが、国家防衛の頼みの綱だった。ボツワナに対する挑発行為には、国連加盟国のほとんどが結束して反対してくれると信じることができた。

 ボツワナは、かつては国家存続にとって脅威だった周辺国を追い越す勢いになった。

 1980年に死去したセレツェは、多民族主義の下で繁栄を築くことは可能だと証明した。

現在のボツワナ

 少数白人支配がおおむね過去となった今、ボツワナはかつての特殊性を失った。「成功」に疑問符を付けたくなる理由もある。ボツワナ民主党は独立以来政権を維持し続け、セレツェの息子であるイアン・カーマ大統領は独裁色を強めている。

 同性愛は違法とされ、先住の狩猟採集民族であるサン人はひどい差別にさらされている。

 ダイヤモンド産業以外の経済多角化に失敗し、経済成長は停滞している。今後20年でダイヤモンド鉱山が枯渇するという憂慮すべき予測もある。

 半世紀前に独立したボツワナがかつて、異なる人種も団結できるという感動的なメッセージを放っていたのは確かだ。その意味で、ボツワナを勝者の「ユナイテッド・キングダム」として描くのは間違っていない。

 ただし、成功はずいぶん昔の話。経済成長や人権、社会正義の分野で改善に取り組まない限り、ボツワナが再び成功を祝う日はやって来ないだろう。

The Conversation

James Kirby, PhD candidate in History, La Trobe University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中