最新記事

映画

スコセッシ『沈黙』、残虐で重い映像が語る人間の精神の勝利

2017年1月20日(金)11時00分
トム・ショーン

©2016 FM FILMS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

<キリシタン弾圧を描く遠藤周作の名作『沈黙』が、巨匠スコセッシに長年の夢を実現させた>(写真:ロドリゴは隠れキリシタンの村人たちにかくまわれるが)

 マーティン・スコセッシ監督の『沈黙―サイレンス―』は、最も固い信仰心をも試練にさらす何十年にも及ぶ忍耐と苦しみの物語だ。

 作品の中身だけでない。制作の過程もそうだった。

 本作はポルトガルから日本に渡ってきたキリスト教宣教師を描いた遠藤周作の66年の小説『沈黙』を映画化したものだ。スコセッシが初めて小説を読んだのが89年。その後、資金集めに苦労した20数年は多くの意味で、映画の中で繰り広げられる苦しみに匹敵した。

 映画は1643年のリスボンを舞台に始まる。イエズス会の宣教師ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)は、日本で捕らえられた恩師フェレイラ(リーアム・ニーソン)が拷問を受け棄教したと知らされる。

 信じられない2人は、フェレイラを追って長崎へ。「隠れキリシタン」と呼ばれるキリスト教徒が、ひそかに信仰を実践している小さな村に着く。大名や侍に見つかるのを恐れる村人たちにとって、ロドリゴとガルペの存在は命の危険も意味する。

 不信と疑心に満ちたこれらのシーンは、意外なほど感動的でもある。チラチラと燃えるろうそくの光や、霧や影に覆われた映像は、くすんでいるが希望に満ちた人々の顔を、その敬虔な信仰心や十字を切るしぐさによって美しく映し出す。

【参考記事】『ローグ・ワン』全米興業で首位、中国の若者にはウケず

鑑賞後も予定は入れずに

 スコセッシ作品では、信仰は隠喩的な伏線や含みによって表現されるのが常だ。しかし、『沈黙』は厳しく高貴な信仰心を真正面から描いた衝撃的な作品であり、スコセッシの監督人生を悩ませてきた信仰と疑念という逆説に満ちている。

 2人の主役のうち、より「スコセッシ作品の俳優らしい」のはドライバーだが、物語の焦点を形成するのは子鹿のような瞳と臆病さを備えたガーフィールドだ。彼は井上(イッセー尾形)という狡猾な長崎奉行の手に落ちる。尾形は欺瞞に満ちた笑顔を浮かべながら、横柄で陽気でかつ狡猾な獣を演じている。

 この映画を人に勧めるのは厄介だ。17世紀日本のキリスト教弾圧をテーマにした2時間41分の映画を見てくださいとは言いにくい。サウンドトラックも少なく、描かれるのは泥くささやみすぼらしさばかりで、娯楽作品としての魅力はほとんどない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ最大の難民キャンプとラファへの攻

ビジネス

中国、超長期特別国債1兆元を発行へ 景気支援へ17

ワールド

ロシア新国防相に起用のベロウソフ氏、兵士のケア改善

ワールド

極右AfDの「潜在的過激派」分類は相当、独高裁が下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子高齢化、死ぬまで働く中国農村の高齢者たち

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 7

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    あの伝説も、その語源も...事実疑わしき知識を得意げ…

  • 10

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中