最新記事

メディア

日本が低迷する「報道の自由度ランキング」への違和感

2017年2月22日(水)12時09分
佐藤卓己(京都大学大学院教育学研究科教授)※アステイオン85より転載

borabajk-iStock.

<61位(2015年度)、72位(2016年度)と、日本は世界報道自由ランキングの順位を年々下げている。果たして安倍政権のメディアに対する姿勢に原因があるのか、それとも内閣支持率で空気を読むメディアの自己規制に問題があるのか――。「この順位に驚かない」という佐藤卓己・京都大学大学院教育学研究科教授による論考「『報道の自由度ランキング』への違和感」の冒頭を、論壇誌「アステイオン」85号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、11月29日発行)から抜粋・転載する>

 二〇一六年八月二一日、「伝説のジャーナリスト」むのたけじ(本名・武野武治)が一〇一歳で亡くなった。一九四〇年に朝日新聞社に入社したむのは、従軍記者として活躍し、一九四五年八月一五日に戦時報道の責任をとって辞表を提出した。敗戦のけじめを自らつけた唯一の朝日新聞記者であり、戦後は週刊新聞『たいまつ』で反戦の言論を続けていた。その死亡を伝える八月二二日付『朝日新聞』の社説「むのさん逝く たいまつの火は消えず」はこう書いている。


 むのさんはかつて、戦時中の朝日新聞社の空気をこう振り返っている。検閲官が社に来た記憶はない。軍部におもねる記者は一割に満たなかった。残る九割は自己規制で筆を曲げた。

 確かに、むのは戦時下の言論の不自由について、「検閲よりはるかに有害であった自己規制」を指摘し、そこには新聞社内の「空気」が大きく作用したことを証言している。本稿ではこの「自己規制」を生む「空気」を生み出す背景を、ランキング思考と世論調査政治から検討する。

 さて、むのは生前最後のインタビュー連載「再思三考」(朝日新聞デジタル・二〇一六年三月九日)でこう語っていた。


「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングが、安倍政権になってから世界61位まで下がった。誠に恥ずかしいことで、憂うべきことです。報道機関の踏ん張りどころです。

 この発言の翌月、四月二〇日に二〇一六年度ランキングが発表され、日本はさらに七二位まで続落している。それにしても、むのが願った「報道機関の踏ん張りどころ」が「自主規制で筆をまげるな」というメッセージであることは、先に引用した朝日社説からも明らかだろう。しかし、むの発言を単なる安倍晋三政権批判だと誤読する読者もいたのではあるまいか。

 むのが言及した「報道の自由度ランキング」は、正確には「世界報道自由ランキング」Worldwide press freedom indexという。パリに本部を置くNGO「国境なき記者団」Reporters Without Bordersが二〇〇二年以降、二〇一一年をのぞいて毎年発行している。すでに述べたように、二〇一六年度版で日本の「報道の自由度」は一八〇国中、七二位に下落した。図1に示されているように、二〇一〇年の一一位「良い状況」から年々順位を下げて「問題がある状況」となっている。新聞やテレビで大きく報道されただけでなく、論壇でも注目され『現代思想』二〇一六年七月号は特集「報道のリアル」を組んでいる。私は後述する理由からこの順位に驚かないが、せいぜい二〇位台あたりが妥当なところだろうとは感じていた。この発表の直前に読んだ『中央公論』同五月号の特集「ニッポンの実力」で「国際競争力27位、労働生産性21位、民主主義指標23位」が強調されていたこともある。

asteion_sato170222-chart.jpg

「アステイオン」85号より

【参考記事】新聞は「科学技術」といいつつ「科学」を論じ切れていない

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、2030年までに国防費GDP比2.5%達成=首

ワールド

米、ウクライナに10億ドルの追加支援 緊急予算案成

ワールド

ロシア夏季攻勢、予想外の場所になる可能性も=ウクラ

ビジネス

米テスラ、テキサス州の工場で従業員2688人を一時
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中