最新記事

トルコ情勢

トルコで最も強力な実権型大統領が誕生する意味

2017年4月18日(火)16時50分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

政治学的視点から見た実権的大統領制

今回の憲法改正の最大の特徴は、執政制度が議院内閣制から大統領制に変わる点である。少しだけ議院内閣制と大統領制の違いを見てみたい。議院内閣制と大統領制は行政部門の活動を統括するリーダーをどのように選出し、議会や国民とどのような関係を構築するかを定める執政制度における最も多く採用されている2つの統治形態である。

最大の違いは、執政長官の選出の仕方であり、議院内閣制は議会による間接的に執政長官が選ばれるのに対し、大統領制は国民の直接投票によって選出される。

また、フランス、ドイツ、韓国などのように大統領と首相(総理)が共に存在する国も多いが、こうしたケースでは、実質的に大統領と首相のどちらが執政長官としての役割(行政権)を果たしているかによってどちらの制度か決定される。韓国は大統領制、トルコは今後の大統領制移行までは議院内閣制である。また、大統領と首相が行政権を分担している場合は、半大統領制と定義される。

加えて、トーマス・ポグントケとポール・ウェブは、2004年に民主主義国家が「大統領制化」していることを指摘したが、これは議院内閣制を採る国家において、制度上ではなく実際の運用において首相や調整役もしくは象徴として機能するはずの大統領の個人的権限が高まっていることを指している(詳細はT・ポグントケ/P・ウェブ(岩崎正洋監訳)『民主政治はなぜ「大統領制化」するのか』ミネルヴァ書房、2014年)。

民主主義体制下における執政制度の特徴は、強力な権力を有する執政者を輩出しないことである。例えば、議院内閣制で選出される首相は、通常、行政権と立法権を行使する能力を兼ねるが、その信任は議会に負っているので、任期は必ずしも固定されていない。一方、大統領は、通常、任期は固定されているが、立法権は議会が有している。要するに、政変などが起こり得ないと仮定される民主主義体制下では、三権分立とチェック・アンド・バランスによって抑制された権力を行使することが重要視されるのである。

こうした諸点を念頭において、改めて今回のトルコの大統領制への移行を検討すると、次のように言えるだろう。

まず、大統領制への制度的な移行は、2007年10月に大統領を国民の直接投票によって選出するという憲法の改訂が行われた時点からすでに始まっており、2014年8月の初めての国民の直接投票による大統領の選出、そして今回の憲法改正というように段階的に進められてきた(注:2014年8月から2017年4月15日まではエルドアン大統領による「大統領制化」の時期と評価される)。

2点目に、三権分立よって権力を抑制することよりも大統領に権限を集中させることで、外部勢力の政治への介入を抑制することが念頭に置かれた。トルコは1945年に複数政党制を導入し、民主主義国の道を歩み始めたが、これまでに軍部による2度のクーデタ、2度の書簡によるクーデタ、3度のクーデタ未遂を経験している。特に昨年7月15日の軍部の一部の反乱戦力によるクーデタ未遂事件はエルドアン大統領と彼の出身政党で与党である公正発展党の政策決定者たちに、実権的な大統領制の制度化の必要性を認識させた。

民主主義体制下でも、とりわけ新興民主主義国に区分される国々ではいまだに政権が外部勢力によって打倒されるケースがみられる。今回のトルコの憲法改正のように、三権分立とチェック・アンド・バランスよりも、外部勢力への対応のために権力を集中するという措置は今後、他の新興民主主義国でも採用される可能性もあるだろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中