最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

ミッションを遂行する者たち──マニラの「国境なき医師団」

2017年5月29日(月)18時30分
いとうせいこう

一貫して、ジェームスは弱い立場の人々に関わっているのだった。それはMSFだから当然ではあるものの、自国を出たジェームスはほとんどミッションに人生を捧げ続けている。

実は三人の子供の父親で、一番上は20歳。その下も学校は卒業し、一番下の子もじきそうなるのだという。どんな子供たちなのか、俺は猛烈に興味がある。ユーモアがあって優秀で冷静で、しかも実は内面にたぎる何かを持っている子供。俺はジェームスの生き写しみたいな若者を想像する以外ない。

マニラでのリカーンとの活動について聞いて見ると、ジェームスはやっぱり小さな声でこう答えた。

「パートナーシップを組んで長期プロジェクトを行うというのは、ひとつのパッケージとして他でも今後試せる形なんですよ。それを僕たちはゼロから始めてる」

これだけで十分に彼のIQの高さがわかると思う。やっていること全体を確実に把握し、すでに次のことも視野に入れているのだ。

「性暴力やリプロダクティブ・ヘルスは時間がかかるんです。こちらが何をしたいかを伝えて、人々が自国のありように疑問を持って、施設が出来て、信頼を勝ち得て、偏見を減らしながら政府とも連携して......ね?」

ジェームスはくりくりの黒目を俺たちに向け、にこっとする。不機嫌かと思っているとそういう表情をするので、いわばツンデレのようなものだ。

「来年からは性暴力被害者への活動も始めます。つまりファミリープランニング、妊産婦ケア、性感染症対策、子宮頸癌の治療と予防、性暴力被害者支援という柱でやっていくことになる。ともかく必要な医療が受けられる状態にしなければいけません。そしてたくさんの人が来てくれることが重要です。信頼されるということですから」

そう具体例を挙げた上で、さらにジェームスは興味深いことを言った。

「それだけじゃありません。来年は人類学者も心理学者も、回診車も来ます。フィリピンの文化がどう作用しているか、我々は知るべきです。そして同時に外に出ていって診療の機会を出来るだけ増やすんです」

手の打ち方に抜かりはなかった。"時間がかかる"問題に、ジェームスたちは確実な処方せんを出していた。

「マニラのミッションで一番大変なことは何でしょうね、ジェームス?」

やはり最後に広報の谷口さんが聞いた。

するとジェームスはジェームスらしく短く答えた。


「誰かのアポをとること」

そして自ら吹き出した。

そしてデモ隊

外では反マルコスのデモが始まっていた。

かつて1980年代に民衆が革命で追い落としたマルコス政権だったが、現在のドゥテルテ大統領が彼マルコスの冷凍された遺体を国家の英雄墓地に埋葬したことを受け、反対運動が盛り上がっていたのだ。

デモ隊が近くの広場に集合する予定だったので、俺もそこへ行ってみることにし、実際にフィリピン国民がどう政治参加しているのかを知ることになるが、それは次回の冒頭にでも触れたい。

ともかく非常に感銘を受けた、とだけ早めに書いておこう。

<続く>


profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中