最新記事

アメリカ社会

ポートランドでヘイト暴言への抗議に痛ましい代償

2017年6月8日(木)10時00分
ローウェン・リウ

事件の追悼の場には大勢の市民が花を手向け、メッセージを寄せた Terray Sylyvester-REUTERS

<ポートランドの通勤電車内で人種差別的な暴言を止めようとした乗客2人がナイフで刺されて死亡する事件が発生。ヘイトクライムが頻発するアメリカで、善意の人たちが暴力を恐れて口をつぐんでしまう心配も>

9.11同時多発テロ後、ニューヨークの広告会社幹部が「何か見たら、声に出そう」というキャッチフレーズを考え付いた。ありきたりながらこのフレーズは人気になり、みんな冗談を言い合った。具体的に何を見たら何と言わなければならない? 正確には誰に? 「暗黙の責任」はひどくぼんやりして、しかも広範囲だ。

先月末、誰かが何かを言って、そしてそのために2人が死んだ。

オレゴン州ポートランド。朝の混雑した通勤電車内で1人の男が2人の少女に差別的な暴言を浴びせた。1人は黒人で、もう1人はヒジャブを着用していた。見兼ねた3人の乗客が止めに入ると、男は逆上。ナイフを振りかざし、3人の首を刺した。1人はその場で、1人は病院に搬送された後に死亡し、もう1人は重傷を負ったが回復に向かっている。

逃走した容疑者はその日のうちに逮捕され、身元を特定された。35歳のジェレミー・クリスチャン。強盗などの前科があり、過激な言動から白人至上主義者とみられていた。

テロやヘイトクライムが頻発する昨今であっても、この事件は人々の心に深く突き刺さった。見知らぬ人たちが狭い空間に押し込められる公共交通機関では、憎悪が暴発するリスクがあることも事件は思い知らせた。

【参考記事】トランプのアメリカで反イスラム団体が急増

事件がポートランドで起きたことも象徴的だ。ポートランドは進歩的な都市として知られるが、過去に黒人を徹底的に排除した歴史があり、白人住民の割合が極めて高い。今回の事件では加害者も白人男性なら、加害者に立ち向かったのも白人男性。白人の良心が証明されはしたが、その代償はあまりに大きかった。

筆者が心配なのは、今後自分が同じような状況に直面したとき、差別に立ち向かうことをためらわないかだ。多くの善意の人々が暴力を恐れて口をつぐめば、憎悪に駆られた連中はさらに傍若無人になる。人種的、宗教的、性的マイノリティーはいつ襲撃されるか分からないという不安に怯えることになる。

これはアメリカ社会の外から来る脅威ではなく、内部で生まれる脅威だ。命を奪われるリスクを思い知らされた今、私たちは差別に立ち向かえるか。

© 2017, Slate

[2017年6月13日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英ボーダフォン、通期中核利益2%増 ドイツ事業好調

ビジネス

楽天Gの1─3月期、純損失423億円 携帯事業の赤

ビジネス

英賃金上昇率、1─3月は前年比6.0% 予想上回る

ワールド

プーチン大統領、16-17日に訪中 習主席と会談へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中