最新記事

法からのぞく日本社会

マンション建設で花火を見られなくなったら、慰謝料をいくらもらえる?

2017年8月4日(金)17時15分
長嶺超輝(ライター)

また、同様に札幌・豊平川花火大会が見える15階建てマンションの高層階を購入した住人たちが、同じくそのマンションを建設した業者の関連会社が、その眺望を遮る形で別のマンションを建設した事例で、札幌地方裁判所は2004年3月31日、業者に対して、住人らに45~80万円の慰謝料の支払いを命じている。

そのマンションの販売営業パンフレットには『札幌の風物詩を、特等席から眺める。』『豊平川の夜空に咲く、花火。』などのキャッチコピーが書かれていたという。花火大会の観覧をはじめとする眺望の良さに惹かれて購入を決めた住人も多かっただろう。

眺望が次々と変化していくのが都市生活の前提ではないか

ただ、認容されたのが数十万円の慰謝料のみだとすると、弁護士費用その他のコストや手間暇を差し引けば、ペイするかどうか微妙な賠償額である。そもそも、あるマンションの窓から花火が見えるのは、別の家から花火が見えなくなっている犠牲や諦観の上に成立しているのだから、そこまで法的に保護すべき利益とは見なされないだろう。

注目すべきは、いずれも、そのマンションを建てた業者自身が別のマンションを建てて眺望を遮ったという点で、背信性が高いと見なされている点だ。他の建設業者が建てた建造物のせいで花火が見られなくなったのなら、慰謝料の請求自体が棄却されることも十分にありうる。

マンションなどの建築物が壊されては、さらに立派な高層マンションが建てられての繰り返しで、住まいから見える眺望は次々と変化していくのが都市生活の前提といえるからだ。

他の建造物のせいで花火を見られなくなる損害より、晴天の昼間でも太陽の光が部屋に入らない損害のほうが、暮らしの質が低下する点で深刻とされ、「日照権」という言葉も生まれた。

その一方で、たとえば夜の仕事に就いている独り暮らしの人にとっては、昼間は家で寝ているわけだから日陰でも構わないだろうし、そのぶん家賃が安ければありがたいはずだ(むしろ、賃料収入が減った大家に一定の賠償をすべきかもしれない)。

自室で最高の眺望を独り占めし、自尊心を満たしたい人も一定数いるだろう。

だが、たとえば花火大会の日に限定し、高層マンションの屋上などを、花火が見えない位置にある部屋の住人や、できれば周辺住民も含めて開放してみてはどうだろう。共に同じ夜空を見上げる趣向は、これからの「シェアの時代」にふさわしい。各地で後を絶たないマンション建設への反対運動も、多少は沈静化するかもしれない。

【参考記事】「水道民営化」法で、日本の水が危ない!?

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ウクライナに北朝鮮製ミサイル着弾、国連監視団が破片

ワールド

米国務長官とサウジ皇太子、地域の緊急緩和の必要性巡

ビジネス

地政学的緊張、ユーロ圏のインフレにリスクもたらす=

ビジネス

NY外為市場=円急騰、日本当局が介入との見方
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中