最新記事

ドイツ政治

メルケルの「苦い勝利」はEUの敗北

2017年10月7日(土)11時00分
エリック・ジョーンズ(ジョンズ・ホプキンス大学ヨーロッパ研究教授)、マティアス・マティース(同助教)

改革阻む「自国第一主義」

この勢力が両国の民主主義を脅かしている。特にAfDが連邦議会下院で94議席を獲得したことは重大な脅威だ。AfDは法案審議のプロセスをひっかき回し、政治の場に憎悪に満ちた言説を持ち込むだろう。

同じことは国民戦線にも言える。彼らは国政レベルだけでなく、欧州議会でも発言権を持つ。政治システムは、政治家がそれを機能させようとする限り機能する。だがシステムを人質に取るか、破壊することで支持率が伸びるなら、多くの政治家はなりふり構わず破壊に走るだろう。

とはいえ、今回の選挙結果ですぐに脅かされるのは欧州の民主主義ではなくEUの将来だ。

欧州委員会のジャンクロード・ユンケル委員長が先日、欧州議会で行った統合強化に向けた野心的な施政方針演説はこの際どうでもいい。EUの実質的な大統領ポストを創設する構想や欧州委員会にEUの財務相を置く構想などは、今よりもはるかに条件の良い時にも実現しなかった。独仏の政治状況はこうした提案にはほぼ影響しない。独仏の国益にかなう状況はまずあり得ないからだ。

だがEUのマクロ経済政策の協調と「銀行同盟」の実現となると、話は全く違う。これらは独仏にとって死活問題だ。

両国ともユーロ危機の再来を何としても避けたいと思っているが、危機回避の仕組みづくりについては両国の主張はこれまで異なっていた。フランスは何らかの形でのEUの「経済統治」を前提として、各国が節度ある財政運営を行うやり方を支持し、ドイツは財政赤字のGDP比を決めるなど財政規律の強化を主張してきた。

だがマクロンとメルケルは改革という共通の目標に向けて歩み寄り、「連帯と集団的意思決定」(フランスの主張)を認める代わりに、「EUの監督下で各国により大きな責任を課すこと」(ドイツの主張)も認める方向に舵を切りつつあった。

しかしドイツの議会、ひいては予想される新たな連立政権の陣容を考えると、ドイツは逆方向に舵を切ることになりそうだ。メルケルはマクロンとの連携を目指すだろうが、与党内の右派はそれには懐疑的で、FDPは真っ向から反対するだろう。さらにAfDが「メルケルはフランスに屈服した」と世論の怒りをあおり、支持を広げる可能性もある。そうなればEUのマクロ経済政策をめぐる独仏の対立は解消されず、EU改革の進展は期待できない。

独仏の立場の違いは具体的に5つの形で表れるだろう。第1にドイツが大幅な貿易黒字について開き直りを決め込むこと。「ドイツ企業の輸出競争力が高いから当然だ、フランスやイタリアもドイツを見習って財政を引き締め、構造改革を進めよ」と説教するようになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中