最新記事

東日本大震災

【写真特集】諦めと再生、フクシマの物語

2018年3月8日(木)18時30分
郡山総一郎(写真家)

福島県大玉村の厩舎近くで朝日が昇るなか、作業をする三瓶利仙。標高が高く、冬は冷え込みが厳しい

<震災直後から福島の避難者を追い続ける写真家が見た、ある酪農家の「人生を取り戻す戦い」>

原発事故による放射能被害で、避難を余儀なくされた福島県浪江町津島地区の酪農家たちを取材し始めたのは、2011年4月のこと。三瓶利仙(さんぺい・としのり)さんは乳牛と共に本宮市に移転し、多くが廃業した後も親戚の今野剛さんと酪農を続けていた。

しかし彼は15年の冬に、今野さんを残して廃業。当時の様子は、本誌16年3月8日号の記事「忘れられる『フクシマ』、変わりゆく『福島』」でも紹介した。

あれから2年。三瓶さんは津島から約40キロ離れた大玉村で、馬の牧場を始めた。土地を購入し、コツコツと自らの手で整地して厩舎を建てた。預かっている競技用の馬と、自身が所有する馬の合計7頭を世話している。

本宮市で酪農を継続すべく奮闘していた頃の三瓶さんの日々は、原発事故に歪められた人生を取り戻す戦いのように見えた。酪農への情熱と生活環境が変化する不安――。葛藤のなか全力で走り切った4年数カ月、彼には少しでも前に進みたいという強固な意志がみなぎっていた。

だが今になって、酪農を続けたことは正しかったのか、三瓶さんは自問するようになった。落ち着いて考える時間ができた現在では、混乱の中で下した決断に対する疑念も湧いてくると話す。「どうせやめることになるのなら、もっと早くやめてもよかったのではないか。意味がないことをしたかなあ」

「意味のなさ」を感じるようになったことはほかにもある。以前は、月に1度は津島の自宅へ通って家や庭の手入れをしていた。だが一時帰宅のためには役所へ日時を申請し、往復ともに係員を呼んで家へ続く道にあるゲートを開けてもらう必要がある。そうやって他人の手を煩わせることが負担になり、今ではほとんど自宅に行かなくなった。

17年末、復興庁は津島を含む帰還困難区域の除染やインフラ再建を進め、住民の帰還や生業の再生を目指す方針を打ち出した。だが、村落の荒廃と進まない除染の現状を知る三瓶さんは「自分が生きているうちには戻れないだろう」と諦めている。帰還がかなう確証がないまま自宅を手入れするのは、「意味がないこと」と感じ始めている。

故郷、仕事、生きがい......。事故は数々の「諦め」を三瓶さんに強いてきた。その諦めにたどり着くまでの時間や努力まで、「意味のないこと」だったと考えてしまう避難者の現実がある。

事故から7年、全国的には原発関連のニュースを目にする機会は大幅に減った。だが地元では仮設・借り上げ住宅の無償提供が終了した後の住居が決まらなかったり、補償金などをめぐる親族間のもめ事が起きたりと、新たな問題も表面化している。

三瓶さんが、津島で酪農をしていた時のような充実感あふれる暮らしを取り戻すには、時間がかかるかもしれない。新しい牧場もまだ利益が出ていないようで、「馬が食べてしまって終わりだ」と苦笑いする。

私は今後も三瓶さんたちの生活を記録していくつもりだ。それは1日1日に「意味がある」、復興の軌跡だから。


ppfuku02.jpg

預かっている馬に餌を与える


ppfuku03.jpg

馬に運動をさせる三瓶

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中