最新記事

米朝会談

「毒殺首謀者」金正恩と、トランプは握手できるのか

2018年3月9日(金)11時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩は、国際社会から認められる機会を自らつぶしてきた KCNA-REUTERS

<米朝対話はともかく、北朝鮮をテロ支援国家に再指定し人権侵害でも非難しているトランプが、金正恩と握手するには高いハードルがある>

北朝鮮の金正恩党委員長が、韓国の文在寅大統領の特使団との会談の中で、南北首脳会談の実施で合意し、朝鮮半島の非核化に向け米国と対話を行う用意があると表明した。

これに対してトランプ米大統領は、「非常に前向きだ」と評価し、「(事態が改善すれば)世界や北朝鮮、朝鮮半島にとって素晴らしいことだ」とホワイトハウスで記者団に語った。

米国との対立が激化していた昨年9月、金正恩氏は「最終目標」として「米国と力のバランスを取る」と明言している。核開発が一段落した時点で米国との対話に乗り出すつもりだったのかもしれない。

人間をミンチに

頑なな姿勢を貫いてきた金正恩氏が軟化の姿勢を見せたことに対して、トランプ氏は肯定的に捉えているが、米朝対話はともかく、トランプ氏が金正恩氏と握手するためには、まだまだ乗り越えるべきハードルが存在する。

その一つに米国が金正恩氏を「毒殺事件」の首謀者だと見ていることがある。

昨年2月、金正恩氏の母親違いの兄である金正男氏がマレーシアのクアラルンプールで暗殺された。米国務省は6日、北朝鮮が殺害を指示したことや、猛毒の神経剤であるVXが使われたことを公式に結論づけた。北朝鮮は一貫して関与を否定しているが、暗殺場所に多くの人が行き来する空港を選んだところに、金正恩氏の残虐性が垣間見える。

昨年11月、トランプ氏は2008年の解除以来、9年ぶりに北朝鮮をテロ支援国家に再指定。「北朝鮮は他国での暗殺を含む国際的なテロ行為を繰り返し支援してきた」と、金正男氏暗殺を指定理由に挙げた。

先月には、ホワイトハウスに脱北者6人を招き、北朝鮮の人権状況や脱北の実態について意見交換した。このなかで、脱北した女性が人身売買の被害に遭っている実情に理解を示し、中国政府に人身売買の根絶を強力に要求すると述べた。トランプ氏は1月30日の一般教書演説でも、金正恩体制による人権侵害を非難している。

<参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

トランプ氏は、核問題だけでなく北朝鮮の人権侵害を非難してきたのだ。一方、北朝鮮の多くの人権侵害は、祖父の金日成主席、父の金正日総書記によって重ねられたものだ。金正恩氏にとっては「負の遺産」ともいえる厄介なものだが、それを清算しようともしなかった。それどころか、2011年に最高指導者になって以後、残忍な方法で多くの高官を処刑してきた。

<参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び...

金正恩氏は、名実ともに北朝鮮の指導者として国際社会から認められる機会を自らつぶしてきたともいえる。トランプ氏がそのような人物と握手できるのだろうか。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ地上作戦控え空爆強化

ビジネス

英消費者信頼感、4月は2年ぶり高水準回復 家計の楽

ワールド

中国、有人宇宙船打ち上げ 飛行士3人が半年滞在へ

ビジネス

米サステナブルファンド、1─3月は過去最大の資金流
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中