最新記事

化学兵器

元スパイ暗殺未遂に使われた神経剤「ノビチョク」はロシア製化学兵器

2018年3月14日(水)17時30分
キャサリン・ハイネット

防護服姿で元スパイと娘が発見された現場を調べる英当局(ソールズベリー、3月8日)Peter Nicholls-REUTERS

<イギリス南部の穏やかな街のベンチで意識不明になり見つかった元スパイの父と娘。イギリス首相メイは「ロシアによる攻撃」と断じた>

3月4日、大聖堂で有名なイギリス南部の街、ソールズベリーにあるショッピングセンターのベンチで、ロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリとその娘が意識不明の状態で発見された。身体は痙攣し、明らかに異常だとわかる姿だったと、目撃者は言う。

ちょうどその場に居合わせ、2人を助けようとした警察官のニック・ベイリーもたちまち容態が悪化し、重体となっている。事件から1週間後の11日には、政府機関のイングランド公衆衛生サービスが、スクリパリ親子が訪れた地元のパブやレストランに居合わせた住民に、店で着ていた衣服や所持品を水洗いするようにと呼びかけた。

イギリスのテリーザ・メイ首相は3月12日、下院で、この事件で用いられたのは軍事兵器レベルの神経剤「ノビチョク」で、かつてロシアが製造していたものだと明かした。かなりの確率でこの事件にはロシアが絡んでいるとして、「イギリスに対する無差別で無謀な攻撃だ」と、ロシアを非難した。

第1世代の神経ガス「G剤」の登場

化学兵器を最初に開発したのは1930年代のドイツだ。連合国側の情報機関に秘密で、第1世代の神経剤を発見した。殺虫剤を開発する過程で見つかったこれらの薬剤は、その後化学兵器として悲惨な被害をもたらした。

1945年には、イギリス軍の化学兵器研究施設「ポートンダウン」に、見慣れない形態のドイツ製砲弾が持ち込まれ、科学者たちを驚かせることになった。

ポートンダウンはもともと、第1次世界大戦中に化学兵器の研究を行うために設立された施設。第1次世界大戦でイギリス軍が用いたマスタードガスとホスゲンは見慣れていたが、ドイツ軍が開発したサリンやタブン、ソマンは未知の薬剤だったのだ。

こうした第1世代の化学兵器(G剤)は、アセチルコリンエステラーゼという酵素を阻害することで、神経の情報伝達を妨害し、筋肉を収縮させる性質を持つ。こうした化学兵器の攻撃を受けた人間は、激しいけいれんを起こし、心不全や窒息状態に陥ってたちまち死に至る。

第2世代の化学兵器VX

以上の「G剤」に続くのが、第2世代の神経剤「V剤」だ。V剤の中で最も有名なのはおそらくVXだろう。サリンよりも致死性が高いVXは、「venomous agent X(有毒剤X)」の名でも知られ、1950年代にイギリスで開発された。

無味無臭の液体で、国連が定める大量破壊兵器として化学兵器禁止条約の対象とされ、使用だけでなく生産や保有も禁じられている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

BYDが25年に欧州2カ所目の組立工場建設を計画 

ビジネス

F&LCが業績上方修正、純利益倍増 スシロー事業好

ワールド

サウジ皇太子、20―23日に公賓として来日=林官房

ワールド

トランプ氏と不倫疑惑の女性、捏造を否定 性的関係証
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 3

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 4

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 5

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中