最新記事

中朝関係

金正恩は「裏切り」にあったか......脱北者をめぐる中国の態度に異変

2018年4月18日(水)11時45分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩は今月訪朝した中国の芸術団を歓待したが KCNA-REUTERS

<これまで脱北者を北朝鮮に強制送還してきた中国が、今月30人を現地で釈放したという報道が。人権問題に言及しているトランプ米大統領への配慮なのか?>

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じたところによると、中国の公安当局に拘束されていた脱北者30人が今月5日、北朝鮮に強制送還されることなく、現地で釈放されたという。

事実なら、きわめて異例のことだ。

通常、中国で逮捕された脱北者は数週間以内に北朝鮮に強制送還される。送還後は保衛部による拷問、性暴力を含めた厳しい取り調べを受ける。単純な出稼ぎ目的の脱北であれば、労働鍛錬隊(軽犯罪者向けの刑務所)に数ヶ月程度収監された後に釈放されるが、韓国行きを目指していたり、キリスト教関係者と接触していたりしたことが発覚すれば、政治犯収容所に収監されることもある。最悪の場合は、処刑されることすらありうる。

釈放されたとされる脱北者30人は、先月24、25の両日、中国の瀋陽と昆明で逮捕された。その後、国際人権団体が強制送還しないよう求める運動を繰り広げたが、それから短期間で、中国当局は釈放の判断をしたことになる。釈放されたとされる脱北者の関係者によれば、中国は国際的に非難の的となることを懸念して、ごく静かに釈放を実行したようだ。

<参考記事: 北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態...「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

この情報は、まだ完全に裏の取れたものではなく、見極めるのにもう少し時間を要する。ただここでは、事実であることに期待して、この情報の持つ意味について話を進めてみたい。

まず気になるのが、トランプ米大統領の発言がこの動きに影響したかどうかだ。トランプ氏は2月、複数の脱北者をホワイトハウスに招いた際、中国における北朝鮮女性の人身売買を「やめさせる」と語っていた。北朝鮮女性の人身売買は、脱北者を強制送還してきた中国の方針により助長されていた。女性らが、強制送還されて本国で虐待されるのを恐れるあまり、被害をどこにも訴えられないからだ。

<参考記事: 中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

今後、米朝首脳会談が実現しながら、そこで非核化の話し合いが不首尾に終わった場合、米国は人権問題においても北朝鮮非難を強めるだろう。そうすると、中国が脱北者に対する人権侵害を助長してきた事実に注目が集まってしまうわけだ。

次に気になるのが、中国の今後の態度だ。今回の情報が事実だとしても、中国はそう簡単に脱北者の強制送還を止めないだろう。なぜなら、中国が脱北者にとって「安全地帯」になってしまうと、北朝鮮国民による反体制運動の拠点となる可能性があるからだ。中国は、金正恩体制の動揺を望んではいない。

それでも筆者は、ここで「蟻の一穴」が開いたことの意味は大きいと考える。これまで、人権団体や国連が何を言っても聞こうとしなかった中国も、さすがに米国大統領の出方までは無視できなかったのではないか。

北朝鮮は、非核化の議論より、人権問題で追及されることをより恐れている。なぜなら、国民の人権を踏みにじる恐怖政治なくして、現体制の存続は不可能だからだ。

それにしても、中国当局が妥協したとの情報が事実なら、幸いなことだ。そうであるなら今後は、米国の大統領がその気になれば、北朝鮮の人権状況の変化をもたらしうるということだからだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中